Sexual Thesis
vol.1


久しぶりに心から楽しかったと思える会合 ―― 新年会を終えて帰宅したあざみは、ほっと息をつくとちらりと鏡に映る自分を見た。
普段の彼女を知るものなら、はっきり言って驚愕に言葉をなくすことだろう。壮絶と言っても過言ではない美貌の持ち主でありながら、その容貌には一切関心がなく、化粧すら滅多なことではしたことがない(する必要もないということもあるが)。
そんな彼女が、なんと暈した紫の螺鈿訪問着など着ているのだ。白衣姿しか覚えがないと言い切る実の息子ですら、それを始めてみたときには天変地異の前触れかとでもいいたそうなほど驚いていた。
似合わないのではなく、似合いすぎて ―― 余りにも別人に思えたからとは言っていたが。
しかし、
「…面倒だな。さっさと着替えるか」
生憎、着物など普段の身動きには支障すらあれ良いところはないと思っている。今日の新年会でさえ、年末から念押しされていたから着たようなものだ。そのため、とりあえずありあわせで済ませたのだが、着れなかったらそれを理由に白衣のままで行こうかとも思ったほどである。まぁ、着れてしまったから、着てはいったが ―― 。
「しかし、堅苦しい思いをして出かけただけの成果はあった。簡単にまとめだけはしておかんと…折角のデータだからな」
一応はかなりの高級な着物であるが、それをさも鬱陶しそうにソファーに脱ぎ捨てると、あざみはさっさと自室に戻り、さっそくパソコンのスイッチを入れていた。


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『快楽が影響する脳内物質の変動とその効果について:第一報』

実例1.
攻:無口で寡黙。寝るのが趣味。一応仕事はしているが、本来は何もしたがらない。
  無欲というより、限界を把握しているためあえて無理をしようとは思わない性格。
受:特殊能力をもつため、存在すらトップシークレット。自分能力についてはかなりの自信を持つ。
特徴:同じ仕事についており、同居ということもあってSEXは毎日という証言あり。受相手には精力満々とのこと。
なお、受には双子の兄がおり、こちらも男と付き合っているとのこと。
(今後の追跡調査で、比較検討ができるものと推察)

実例2.
攻:組織の長となることが幼少の頃から決定されていたいわばサラブレッド。
  若いながらも実力があり既に実績も上げているため、年齢差のある相手にも対等な交渉ができるという自信を持つ。
受:家庭的には裕福な上流の出身。才色兼備。若干世間知らずな面があるが、その美貌ゆえに苦労はしていない様子。
特徴:攻は受より3歳年下。健気受け。更に、攻は絶倫との報告あり。

実例3.
攻:某上流家庭の次男。10年も思い続けてきたという、思い込みだけは天下一品。受の番犬。
受:顔は甘系だが性格は結構きつい。妥協はせず、言いたいことははっきり言う。
特徴:年の差9歳。攻はよく甘い台詞を無意識に吐く。受は普段は強気(女王様)であるが、行為に対し常に消極的。


考察:
標題の通り、特に同性によるSEXによって与えられる快楽が脳にどのような影響を及ぼすかについて推測を試みた。
そもそも同性によるSEXでは、己と同じ体ということもあり、どんな刺激が快楽となるかの認識は異性とのSEXよりもはるかに大きいため、その快楽度も強度となることが揚げられる。特に男性同士の場合、抱かれる立場(以下「受」と称す)のものは本来そのためでない器官を犯されるという、いわば屈辱を味わうということもある。抱かれることによって得られる安心と、抱かれるという行為自体に対する羞恥は常に二律背反するものであり、精神的には不安定にならざるを得ないはずである。だが、今回、実例として3例をあげたが、この例を見る限りでは受側に精神的な不安定さは見受けられない。
むしろ、外見的には更に磨きがかかり、肌の色艶も良いという証言もあることから、快楽が与える刺激によって脳が活性化し、新陳代謝およびホルモンバランス等に絶大な影響を及ぼしているものと推察する。
このことを実証するには、SEXの前後における血中の脳内物質放出量の測定が望ましいと思われるため、今後の課題としたいところである。
また、そのSEXの内容も検討に値すると思われる。
受は羞恥と快楽という背反を味わうため、より恥ずかしい方法であるほうが快楽による脳への影響は正比例するものと推察する。俗に、「見られている方が燃える」とかいうことはそれを示唆していると考えて間違いではないであろう。同じ理由で年上でありながら抱かれる立場(実例2)とか、普段強気なことを言っているのに抱かれる立場(実例3)といった場合の影響度も、今後の検討課題に追加したいと思われる。
また、今回は実例としてあげなかったが、実例1の受には双子の兄がおり、こちらも同性を相手としているとの報告を得ている。
これは同じ遺伝子を持つ者の比較という貴重なデータとなることが推察されるため、今後の課題としては大きいと思われる ―― 。


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と、ここまでキーを叩いたところで、あざみは一息ついて文章の推敲をした。
そして一言。
「ふん…n数(例数)が3か。やはり少ないな。もっと数を増やさんと…」


―― ドン、ガラガラ…ガッシャーン!
派手な物音がして、あざみは深くため息をつきつつ、呆れたように書斎を出た。そしてリビングのドアを開けた瞬間、
「あ〜っ、ヒドイっ、あざみさん…もう、着替えちゃったの!」
思ったとおり、椅子やらなにやらをひっくり返した挙句、踝でもぶつけたのか床で蹲っていた貴織が涙を浮かべながらがっくりと肩を落した。
「…何も、泣くほどのことではないだろう?」
「うっ…だって(ホントは痛いからなんだけど)輝良がすっごくキレイだって言ってたから…」
そう言いながらソファーの上に脱ぎ捨てられた着物を見ると、
「もう一回、着て見せてよ。僕だってあざみさんの艶姿が見たいっ!」
「…そんな暇はない」
「なんでっ! 輝良には見せたくせに!」
「別に見せたわけではない。試しに着てみたら、いただけだ」
「でも、でもっ!」
「…煩いぞ。そもそも、何でここにお前がいる? 一緒に住むことを許した覚えはないぞ」
「だって…見たかったんだもん…」
思いっきり男口調のあざみに、まるで足蹴にされている貴織。普通の人間が見たら驚愕することであろうが、これがこの2人にとってはいつものパターンであるから気にする気配すらない。
だからそのまま貴織を見捨てて書斎に一度は戻ったあざみであったが、何故かすぐに再びリビングに姿を現すと、
「…そうだな、協力してくれるなら、考えてもいいかも知れんな」
と呟いた。
「え? 協力? 何、何すればいい?」
既に「何でもします」モードの貴織に、あざみはニヤリと意味深な笑みを向け目線をあわせた。
「義父上にな、うちの病院を桜ヶ丘学園の指定校医になってもらうよう話をつけてくれ」
「桜ヶ丘の? あそこは確か利行さんのところが…」
桜ヶ丘学園といったら、日本でも5本の指に入るという超エリートの養成校。そこの指定校医というものは確かに病院としては箔がつくのは確かであるが、既に貴織も懇意にしている同業者、五十嵐利行の病院がその役になっているはずである。
逆に、指定校医を降ろされたとなれば、それは病院の信用問題にもなりかねないはず。あざみも五十嵐家とは付き合いがあるのだから、そんな蹴落とすようなことをいうのは意外にしか思えなかった。
ところが、
「ああ、心配はいらん。指定といっても高等部の健康診断だけだ。それ以外は今までどおり五十嵐病院の担当になる」
「なんで、高等部だけ?」
「五十嵐病院は、一応子供をあそこに通わせているだろう? いわばPTAでもある。それが幾ら守秘義務があるとはいえ、高等部生徒のプライベートデータを持つというのは、やはりいい顔をしない親もいるらしい」
桜ヶ丘学園はエリートを輩出する有名校。勿論、その生徒たちはそこを卒業して大学に入学し、実際に社会の桧舞台に立つのは数年後ではあるが、健康状態などというものはそれなりにデータとしていくらでも売り買いのできる代物である。
例えば政治家になろうとするものがいてその人間が高校時代に既往症を持っていたとなれば ―― 例え今は完治していても十分バッシングのネタになるものなのだ。
ましてやそれが小学生や中学生の児童レベルならともかく、高校生となれば ―― 危惧する親が全くいないとは言い切れない。
勿論、五十嵐病院自体が政財界御用達病院であり、そういった守秘義務に関しては定評があることも事実ではあるのだが。
「…というわけでな、まぁ実際のことを考えれば地理的にも一番近いわけだから緊急などの時は今までどおりだが、健康診断などのデータは他へ移管した方がいらぬ誤解もないだろうというのが京子さんの意見らしい。ま、一応建前は納得できるだろう?」
「建前はって…?」
「あそこは…研究対象の宝庫でもあるらしくてな」
本日の新年会の最大の功績。それは、実際に桜ヶ丘に通っている五十嵐利恵(12歳)からの情報提供 ――
『尚樹兄さんだけじゃないのよ。特に高等部はね、私が知ってるだけでも男同士カップルがあと4組はいるんだから♪』

そして ―― それから数日後。
とあるお茶会に呼ばれたあざみがその際に、それは見事な艶姿を貴織に披露したということは言うまでもない。

fin.


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