「嘘、なんで先輩が…」
目の前に現れたのは、自分よりも遥かに大人の男性たち。
だが、その中にあっても祐介だけを見てくれる瞳は変わらず、そして祐介も ――
「…ビックリしたな。だが、可愛いよ。祐介」
呆然としている間に手を取られ、その甲に口付けされても、祐介は固まったように動けなかった。



そもそもどうしてこんなことになったのかなんて、当の本人であるはずの祐介にも判っていないのが現実。
学校が終わって ―― この日は郁巳と映画の前売り券を買いに行くつもりだったのだが、正門近くまで行けば行くほど、なぜか立ち止まって呆然としている人が増えて、更にそれが黒山の人だかりになっている門の前まで来たら、郁巳が納得したように呟いた。
「…そういうことか」
「え？　何？」
何のことか判らない祐介は、素直に郁巳の指差す方を見て ――
「ゆっうすけくぅ〜んっ♪」
黒だかりの元凶を発見した。
「よかったぁ〜。すれ違いになってたら、どーしようかと思っちゃった」
真っ赤なＲＸ-7の前でニッコリと微笑んでいるのは、この桜ヶ丘学園に一度でも籍を置いたものなら知らぬ人はないとまで言われる超有名人。
「克己…先生？」
「ちょっと面白いイベントがあるんだ。お願いだから付き合ってくれる？」
といいながら、既に両手はしっかりと握られている。
それを見た郁巳は ――
（出た〜、克己さんの『お願い攻撃』！）
その問答無用の攻撃を知っている郁巳はさりげなく克己の手の届かない間合いを取ったが、
「『祐介君をちょっと借りるね』って尚樹に言っておいてね。大丈夫、とって食うわけじゃないから」
なんて言われて、青ざめた。
「お、俺が言うんですか？　冗談、尚樹先輩に殺されますよっ！」
「あはは、まっさかぁ？　大丈夫だよ。じゃ、ヨロシク♪」
そう言って天使の微笑を浮かべると、克己は呆然としている祐介を車に乗せて、行ってしまった。



「ウェディングドレスなんて…絶対、郁巳のほうが似合うのに」
一応、尚樹には可愛いと言っても合えたが、やはりこんな格好は慣れていないから恥かしいことこの上なくて。同じ女装なら、舞台でも女形をやることの多い郁巳のほうが似合いそうなものをと思いつつ、ついそんなことを言ってみるが、
「そんなことはないさ。こういう可愛い感じのドレスなら、絶対祐介のほうが似合ってる」
そう言ってくいっと顎に手をかけると、軽くその唇を重ねた。
「ん…な、尚樹先輩っ！　ダメです、こんなところじゃ…」
一応貸しきりの美容サロンとはいえ、周りにはスタッフやらが残っている。事情を知らない人なら男がドレスを着ているとは思われないかも知れないが、着せてメイクアップしたスタッフには、ミニ・ミディのドレスの中身が男だということはバレバレのはず。
だが、
「こんなとこって…そうだな。チャペルにでも行くか？」
ちゃんと誓いの儀式をするのも悪くないが ―― 生憎、カトリックでもプロテスタントでもないぞと呟く尚樹に、祐介は更に混乱する。
「そうじゃなくて…」
「じゃあ、神前か？　ドレスで神前は似合わないぞ？」
「…もう、いいです。とにかく、早く着替えて帰りたいです！」
流石にその格好は恥かしいのか、いつもならそんなことは絶対と言ってもいいほどに言わない祐介が珍しく強請るように言うものだから、尚樹はつい意地悪もしたくなるというもので ――
「じゃあ、人前式にしよう。ちょっと待ってろ」
と言うやいなや、携帯を取り出すと、どこかにかけている尚樹である。
「先輩っ！　もう、遊ばないで下さいよ！」
真っ赤になってそう叫ぶ祐介の声も、残念ながら何か思いついた尚樹には届いた様子は皆無である。



そしてその後、
「幼な妻か…尚樹のヤツは鬼畜だからな、俺と違って」
「鬼畜って…え？　五十嵐君って、祐介君を虐めるの？」
一応、友人代表にされた慶一郎は、しっかり直哉エスコートしつつ呟いているし、
「あれ〜、新開はドレスを着ないのか？　いいスクープになると思うんだけどな〜」
「そんなに撮ったって、どうせ尚樹にフィルムごと持って行かれるぜ、潤一郎」
スクープ！と大喜びの潤一郎の隣には、そのパートナーの渉の姿。そして、
「ウチは神道だから、神前でやろうね、幸洋♪」
「…結納金も婚約指輪もなしだぞ、郁巳」
「絵野澤先生、俺たちのときは3回はお色直ししようね♪」
「…お前が言うと冗談に聞こえないからやめろよ、和行」
などなど…桜ヶ丘学園高等部の生徒会役員+広報委員長+卒業生+教師というフルメンバーを呼び寄せた尚樹が、屋上のガーデンパーティエリアを借りきって祐介との結婚披露宴（？）を開いたのは言うまでもない。

Fin.