『 唐沢家の事情 』

− 祐介の弟の場合 −


「だって、祐ちゃんも赤ちゃん…あ、違った、兄弟が欲しいでしょ?」
ニッコリと微笑む母親に、祐介はがっくりと力を失った。
いや、別にいいんだけどね。
そのこと事態はオメデタイ話だから。
でもさ、だからって…なんで僕と尚樹先輩が育児しなくちゃいけないわけっ !?


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トントントントン…
小気味の良い音が響き、キッチンからはいい匂いが漂っている。
「おはよう、祐介兄さん♪」
「あ、お早う、啓祐(けいすけ)。よく眠れた?」
「うん、ぐっすりね」
ニコッと微笑んで席に着くと、同時に純和風の朝食が目の前に並べられる。
だが、啓祐の隣の席は既に綺麗に片付けられていた。
「あれ? 尚樹さんは?」
「うん…ごめんね。やっぱり今日も行けそうにないって」
この日は今度啓祐が入学することになった高校の入学式。当然だがその日程はかなり前から判っていて、親代わり ―― 実際には実兄 ―― の祐介と、そのパートナーである尚樹が式に列席するはずになっていたのだが、
「そっか。あ、気にしないでよ。忙しいのは判ってるから」
本当に申し訳なさそうに応えるから ―― 無理強いなんて出来るわけもない。
それに、
「祐介兄さんは来てくれるんでしょ?」
「勿論。父さんや母さんに写真を送らないとね」
「そうだね」
そう、祐介が来てくれるなら、それだけで十分だった。



祐介の両親は ―― 勿論、健在である。
但し、今はどこかの南の島で優雅な新婚気分を味わっているらしい。
というのもかれこれ15年ほど前。
『あのね、祐ちゃん。祐ちゃんは弟と妹とどっちが欲しい?』
突然何を言い出すのかと思えば、なんと母が妊娠したと言い出した。
いや、そのこと事態は何の不思議もない。
何せ端から見ても万年新婚気分の超ラブラブおしどり夫婦。癒し系女優として売れっ子の母にやり手弁護士の父は、息子である祐介からみてもこれほどのバカップルはないだろうと思うアツアツぶりだ。
それこそ、年頃の息子がいるとは思えない ―― いても少しの遠慮もない甘々ぶりで。
年中イチャイチャとしてるから、子供の一人や2人、いや、1ダースや2ダースくらいできたって不思議じゃないのは当然で。
問題は ―― これを期に、母親が芸能界から引退したことだった。
そう、子供ができたから引退 ―― となれば、誰だって家庭に入ると思うだろう。
それはあながち嘘ではないのだが、
母親である繭美が入ったのは、確かに家庭 ―― 但し、「母」としてではなくあくまでも「妻」として。
つまり、
『だって、結婚して、すぐに祐ちゃんが生まれたけど私も芸能界に復帰したでしょ。だから邦彦さんと新婚生活って感じなことは出来なかったんだもの』
などと言い出して、折角引退したから、ちゃんと新婚生活からやり直したいということになって。
お陰で、生まれてきた祐介の弟、唐沢啓祐(からさわ けいすけ)の世話は、全部実の兄である祐介に押し付けられたのであった。



「お早う、啓祐。今日から高校生だな」
低いがよく通る、そして一目で超エリートという感じの尚樹が現れ、食事中の啓祐の頭を撫でた。
「すまんな。やはり入学式には出られそうになくてな」
そう言いながらもネクタイをビシッと直す姿などは、流石にキャリアを感じさせる。
「仕方ないよ、尚樹さんはお仕事が忙しいから」
「今日はしょうもない会議なんだが…流石に長官も出席となると、でないわけにも行かなくてな」
「大変だね。あ、僕の方は気にしないで。祐介兄さんが出てくれるから、大丈夫だよ」
東大の法科を主席で卒業し、さらには国家試験 ―― 司法試験、外交官試験、国家公務員T種試験 ―― も一度でパスして。持ち前の情報収拾能力と計略製に裏づけされて、今の尚樹は警察庁の刑事部参事官、階級は警視である。
誰もが祖父の跡をついで政治家になると思っていたのに、
『選挙などで左右される権力など、意味がない』
という一言で警察機構を選択し、今では最年少の警視、そして将来の警察庁長官候補である。
(う〜ん、やっぱり尚樹さんはかっこいいなぁ)
長身で逞しく、自信に満ちた風格にそれに裏づけされた実績。年功序列の階級世界に身を置きながら、その威風堂々とした態度に、現在の最高幹部も一目置いているというのは、単なる噂ではないらしい。
そして、そのくせ、
「じゃあ、行ってくる。ああ、夕飯は祝いに外食にしよう。あとで連絡をする」
「はい、判りました、尚樹さん。お気をつけて」
いつものように玄関まで見送って、そこで濃厚なKiss。
物心付いた頃からの日課だから今更どうのとは言わないが ――
(う〜ん、やっぱり祐介兄さんは可愛い♪)
ラブラブ兄夫婦(夫夫?)をほほえましく見つめる啓祐である。



「でも、啓祐は桜ヶ丘に来ると思ったんだけどな、どうして浅月学園にしたの?」
啓祐が入学する浅月学園へ向かう途中、前から疑問に思っていた祐介がそう尋ねた。
初等部から桜ヶ丘学園に在校していた啓祐である。当然、高等部も桜ヶ丘と思っていたのに、急に浅月学園の試験を受けたと聞いたときは、流石に祐介も驚いた。
尤も、啓祐が選んだことであるから、反対などはしなかったのだが。
「え? あ、ああ、いや、ずっと桜ヶ丘っていうのも…ね。ちょっと違う世界も見ておこうかなと思って」
「そういうものかな? ま、啓祐が選んだことだから僕は反対しないけどね」
そういってその話題はその後、余り出ることはなかったのだが ――
(まさか、将来のコネクションのため ―― なんていえないよね?)



唐沢啓祐、15歳。理想のタイプは実の兄。
但し、実の兄のような可愛い子を守ってあげることが理想で、目標としているのは寧ろ尚樹のような人間になること。
そしてその準備は着々と進んでおり、
「今年の浅月学園の入学者は、将来のコネになるぞ」
「うん、そうらしいね。だから僕も浅月にしようと思う。浅月でも学歴には問題ないしね」
見かけは祐介、中身は尚樹似の啓祐が、尚樹譲りの情報網と悪知恵を駆使して ―― 浅月学園の影の支配者になる日は近いかもしれない?


Fin…?


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