『 稲垣家の事情 』

− 剛志&逸弥の子供の場合 −


「ご心配なく。子供などで貴方を縛ろうとは思いませんから」
そういうと逸弥は、今にも泣きそうな目をそっと伏せた。
「僕は…この子と2人でどこか遠くで暮らします。貴方に迷惑はかけませんから」
ちょ、ちょっと待て、どうしてそうなるっ !?
「何言ってるんだ、逸弥! お前も子供も、俺が手放すわけないだろっ!」
出て行こうとする逸弥を背中から抱きしめると、逸弥は小さな声で呟いた。
「じゃあ…僕が産休中もちゃんと仕事をしますね?」


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「父上、そろそろ起きていただけませんか?」
軽く身体を揺すられて、剛志は眠気眼を擦った。
「ん…ああ、隼人(はやと)か。おはよう」
「おはようではありません。何時だと思ってるんです?」
冷ややかな瞳に見下ろされて、剛志はベッドサイドの目覚まし時計を手に取った。
「何時って…まだ6時じゃないか」
「もう6時です。さっさと起きて会社に行く支度を始めてください」
「え? だって今日はお前の入学式だろ? 俺も入学式に…」
といえば、思いっきり遮るように、
「こなくて結構です。そんなことより仕事が優先でしょう?」
という返事が帰って来た。そして、クローゼットからスーツを取り出し、
「ああ、母上は入学式が終わり次第出社するそうですから、朝の会議は父上が取り仕切るようにとのことです。よろしいですね?」
というや否や、さっさと寝室を後にする。
残されたのは寝起きの剛志で、
「…父は寂しいぞ、隼人」
とボソリと呟いた。



業界一のクールビューティと名高い逸弥が妊娠したとき、それこそ会社は大騒ぎだった。
「とにかく、会長は仕事をしてくださいっ! いいですねっ!」
秘書課の女性陣も驚愕から冷めると心配したのは剛志の仕事振りで。
何せその気になればウォール街も真っ青の実業家である剛志であるが、その気になるのは年に数回 ―― というより、数年に1回。
その手綱を握っているのは秘書として常に側にいる逸弥だけであったから、その逸弥が産休に入ったりしたら ―― 会社の運営自体が止まりかねない。
「大丈夫ですよ。妊娠は病気じゃないんですし」
そう言って、ギリギリまで働いてくれた逸弥には株主達も頭が上がらないところであり、産休が明けると子供同伴の出社に文句など言えるはずもない。
お陰で生まれた子供は、それこそ生後3ヶ月から有能秘書としての英才教育を実地で見てきたようなものである。
更に成長して、生みの親である逸弥譲りの美貌にも磨きがかかり、それこそ業界では「究極のクールビューティーズ」といわれるほど。
稲垣隼人(いながき はやと)、今年15歳で浅月学園に主席入学である。



「そういえば、隼人は主席だったんだろ? スピーチとかあるのか?」
スーツに着替えてダイニングに来れば、すでに家政婦が用意した食事が並べられている。それを取りながら正面で食事をする息子に声をかけると、
「ええ、打診がありましたが、お断りしました。幸い他にも候補の方がいらしたそうですから」
「なんで? 勿体無いな」
「目立つようなことはしたくないだけです」
とあっさり言うところは ―― 流石、秘書の血というところか?
(っていうか、お前は存在そのものが目立つと思うんだけどな)
というところは ―― はっきり言って親ばかだけではないものである。
全てにおいて優秀で、なにをやっても卒のない隼人であるが、決して大手に出ることは好まない。
寧ろ翳からサポート ―― といえば聞こえがいいのだが、
「そう云えば、浅月学園の今年の入学者は逸品ぞろいみたいだな。どうだ? 使えそうなやつはいそうか?」
「そうですね…ゆっくり品定めをさせていただきます。この私を使いこなす人物がそう簡単にいるとは思えませんが」
ゾクリとする笑みを浮かべて言い切る隼人に、
「…そういうことは余り口に出さないように、な」
とは、父からの最大の助言のようである。


Fin…?


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