May I cook for you ?

− 龍也&克己 −


その日、克己が既に帰宅したと連絡を受けた龍也が部屋に戻ると、いつになく楽しそうな会話が飛び込んできた。
「それでね、咲綺も呉羽も正毅さんや天さんのために料理をするのが楽しいって言ってたよ」
「そうっすね、やっぱ、美味しいって言ってくれる人がいるのは嬉しいもんですよ」
どうやら克己がいるのはキッチンのようで、一緒にいるのは夕飯の支度中の良介のようだ。
それは別にいつものことなので気にもならなかったのだが、
「うん、良介くんのご飯も、すっごく美味しいもんね」
そんな事を言う克己の表情は、龍也お気に入りの微笑。当然、向けられるべきは自分だけの特権のはず。
しかし、
「そういえば、咲綺のところのキッチンは凄いんだよ。なんでも、ドイツ製なんだって!」
「そりゃ、凄いっすね」
「うん。その上に愛情をこめて作ってるから、やっぱり美味しいんだろうね」
「ええ、そりゃあ…」
自分も愛情込めてますから!と言いかけて、良介はそこはかとなく漂う殺気に震え上がった。
言うまでもなく ―― そこには龍也の姿があって。
(ひぇ〜、アニキ、怒ってますぅ〜?)
克己に関する独占欲なら、エベレストよりも高くマリアナ海峡よりも深いといわれている龍也である。
たかが笑顔の一つと他人は言うかもしれないが ―― 蒼神会においては生かしも殺しもする天下無敵の必殺技だ。
ところが、
「どうしたの、良介君…あ、龍也!」
良介が突然固まってしまったことに気が付いた克己が振り向いた瞬間、そんな殺気は嘘のように消え去っていた。しかも、
「もうお仕事は終わったの? じゃあ、一緒にご飯、食べれる?」
そう駆け寄って尋ねる仕草は本人だけが気が付いていない甘えた雰囲気で。
「ああ、いいぞ」
「ホント? 嬉しいな」
そうやって見せる笑顔は、死神の鎌さえ奪う最強無敵のエンジェル・スマイル。そんな笑顔で出迎えられれば、先程までの殺気など微塵もみせるはずはない。
「だが、先に風呂にするか。お前は入ったのか?」
「あ、ごめん。先に入っちゃった。でも、龍也の着替えを持ってきてあげるよ」
「そうか、助かるな」
しかもそんな新婚さんのような会話が弾めば、
(た、助かったぁ〜)
そう胸を撫で下ろした良介だったが ―― 生憎、世の中はそんなに甘くはなかったらしい。
克己が龍也の着替えを取りに部屋に戻ると同時に、龍也は備え付けの電話を取ると内線をかけた。
相手は ―― 蒼神会では情報通を誇る本部長の加賀山。この時点で良介の脳裏ににはいやな予感がよぎるというもの。
それは案の定、
「俺だ。直ぐに今一番美味い食い物を調べろ」
『はぁ? 食い物ですか?』
「そうだ」
『そうですねぇ〜、そういえばこの前、築地で食べた大間のマグロは美味かったですよね』
「マグロか。フン、それなら克己も好きだな」
『ああ、克己さんとお食事ですか? いいですね、それならいい店を…』
「いや、俺が作る」
『えっ!?』
「ええーっ!?」
かすかに聞こえる会話の内容にヒヤヒヤしていたところに、思いもかけない爆弾宣言。
当然、良介の顔色は真っ青に様変わりしている。
だが、そんな良介の様子などこれっぽっちも気にせず、
「何だ。文句があるのか?」
『いえ、それは…』
「ああ、あと、最高級のシステムキッチンを手配しろ」
『…って、本気ですか? まぁ止めはしませんが…』
「だったらさっさと手配しろ」
『…了解しました』
その返事を聞いて受話器を置くと、龍也はにやりと悪魔の微笑みを良介に向けた。



そして数日後 ――
蒼神会本部ビル3階にある厨房が大幅改造を行うこととなり、それが終了した翌日、本州最北の町大間から、最高級近海マグロ1匹が搬入された。



カウンタートップは米国デュポン社の最高級人工大理石。
その上にドンと置かれたのは、今朝水揚げされたばかりの大間のクロマグロ。
勿論、本来であればどちらもそう簡単に一般に手に入るものでもないのだが、そこは加賀山が色々と手を回したらしい。だから、
「わぁ〜、凄いね!」
目を見張るようにして驚く克己に、用意させた龍也も満更もなさそうだ。
「ああ、そうだな」
そう言ってマグロ専用の包丁を持てば ―― それはまるで日本刀を持っているかのように様にも見えて格好いい。
だが、
「これ、ホントに龍也が料理するの?」
「そう言っただろ?」
「でも…大丈夫?」
流石に自分ほどの料理下手とは思えないが、そもそも龍也が料理をするところなどは見たことも聞いたこともないのだ。
それがいきなりクロマグロ一本を料理してやると言われても、にわかには信じがたいのは当然だろう。
しかし、
「まぁな。ああ、だが食うのは明日だぞ、兜焼きに時間がかかるし、刺身も少し寝かせたほうが美味いからな」
「うん、それはいいけど…」
全く平然として言う龍也を心配そうに見守る克己である。だが、そんな心配は全く無用だった。
躊躇うことなく頭を落とし、さらには背骨に沿って二枚に分けてと、まるで本職による解体ショーでも見ているようにバラされていき、あっという間に200kg近かった巨体がスーパーなどでも見慣れた姿に変わっていった。
それは、やはり解体なら少しは自信があると思っていた克己も惚れ惚れするような手さばきだったから、
「凄い! 龍也、解体するの上手だね」
「まぁな」
ある意味怖い会話だが、そんなことには克己は微塵も気が付いていないようで。
(アニキ〜)
思いっきり気が付いてしまった良介だけが、ガクガクと震え上がっていたのは言うまでもない。



そしてその翌日の夕飯は、龍也お手製のマグロ尽くし。
突き出しはマグロの塩辛で小鉢はマグロのハツの時雨煮、さらにはマグロの角煮にカマの焼き物。刺身は当然大トロで、他にもすき身の磯辺揚げに皮を使った酢の物…そして、何と言っても壮観だったのは、頭一つを丸々使った兜焼き。
流石にこれには克己も絶賛で、
「凄いっ! 凄いね、龍也っ!」
「まぁな。美味いか?」
「うん、最高! それに、龍也と一緒だから、もっともっと美味しい!」
べた褒めされた龍也も満更どころか鼻高々である。
更には下関から取り寄せたフグを使ったひれ酒片手に大広間で食するとなれば、まるでどこぞの料亭にでも来ている様であり ―― 更に惚れなおさせたのは言うまでもない。



その一方では…
「もう、アニキってば、贅沢な使い方して!」
作るときは手を出すなと言われていたので見ていただけの良介であったが、出来上がったら後は任せるとばかりに放置された厨房を前に、憤慨のため息を連発していた。
何せ、そこは豪快な龍也のこと。
200kg近いマグロといっても、実際に龍也と克己の胃袋に納まったのはそのうちの一部のみである。
当然、残るところはあるものなのだが、
「これは使わん」
「こっちもいらんな」
「これだけ取れれば十分だ」
というや、庶民には口慣れしている赤身や、料理次第ではいい味の出るアラなどはポイポイと捨てられてしまって。
「何も捨てなくてもいいじゃないですか! 俺にくださいよ!」
と言いたい所だが、言ったところで聞いてくれるわけもない。
しかも、兜焼きのためだけに手に入れた特注オーブンは使ったら使ったまま。そのほかの使った道具も、いいところで水につけてはいるが、殆どはそのままの状態である。
「もう、ホントに男の料理なんだから! 片付けながら料理すれば、こんなに洗い物だって増えないのに〜!」
実は自分だって男なのだが、そこは毎日「主夫」をしている良介のこと。料理とは片づけまでがその工程に入るものと思うのだが、そんなことは龍也に言っても怪しいところだ。
おかげで、龍也と克己が大満足の食事の上にそのまま熱い夜を過ごした一方で、厨房の片付けに明け暮れたことを知っているのは、厨房の改装開始からここへの立ち入りを禁止されていた下っ端連中くらいなものである。



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「それでね、龍也ってば、本当は仕事だって忙しいのに、『お前に美味いマグロを食わせてやるからな』って、マグロ一匹を軽々解体しちゃって、その上すっごい美味しい料理も作ってくれたんだよぉ〜」
と、そんな風に少し枯れ気味の声で惚気まくった電話をかけている克己を横目に、思い切り寝不足の良介が
「次は、もうちょっと庶民的な料理にしてくださいね」
そう呟いたのだが ―― 克己にも龍也にも聞こえてはいないようだった。



Fin.


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