001 アオイトリはもういない (尚樹×克己)


憔悴しきった身体を押さえつけるのは簡単だった。
「な…尚樹? やめっ…」
ろくに前も止められていない胸元に、朱色の花びらが散乱している。白皙の肌に残された他の男の所有印。それを口惜しげに睨み付ける。
「寝たんだろ? あの男と」
その瞬間、克己の抵抗が嘘のように止まり、愕然とした瞳が恐る恐る尚樹を見あげた。
「今更…隠すこともないと思うよ? こんなに痕をつけておいてさ」
そういうと、克己の身体の上に馬乗りになり、尚樹は躊躇うことなくシャツを引き裂いた。
「へぇ〜随分と独占欲が強いんだね、あの男。ここにも、こんなところにも痕を残してさ…」
すっと鎖骨から胸へ、そして脇腹へと指を這わせられ、克己はゾクリと震えていた。
龍也に無理やり犯されたのはほんの2時間ほど前のこと。すでに身体は清められてはいるが、下肢に力が入らないのは事実だ。それなのに、気を失うほどに散々抱かれたというのに、一度快楽の味を知ってしまった身体が反応するのは早かった。
そして ―― それに気が付かない、尚樹ではない。
「何? もう感じてるの? へぇ〜克己兄さんって、結構インランだったんだ」
「…くっ…離して…」
自然と押さえつけていた腕に力が入る。その痛みと、沸き起こる快感で克己の表情は艶っぽく顰められる。
「ヤダね。いいじゃない、あの男とは楽しんできたんでしょ? 俺も楽しませてよ」
そういうと、尚樹はゆっくりと項に唇を這わせた。
「やだっ…やめて、尚樹!」
8歳の年の差とはいえ、女より華奢な克己と有段者でもある尚樹では勝負など眼に見えている。ましてや ―― ついさっきまで抱かれていた体である。力など入るわけがない。
「いやっ…やめて…こんな…やだっ!」
激しく首を振って抵抗する表情に、キラリと涙が光る。と同時に克己の頬に別の温かいものがポツリと落ちてきた。
(え? 何…涙? 尚樹の…?)
ふと見上げれば、身体は大人でもその中身はまだ幼い子供のように、尚樹が口惜しげな涙を浮かべていることに気が付いた。
「ずっと好きだったんだ。知ってるくせに…そんなにあの男の方がいいのかよ」
「あ…なお…き?」
「何でだよ…なんで…俺の方がずっと、ずっと昔から克己兄さんを見てたんだ!」
身動きが取れないままに唇を奪われる。ただ、激しく蹂躙されるその口付けに、克己は抵抗することも忘れていた。
尚樹が、自分をそう言った対象としてみていることはいつしか気が付いていた。だからこそ大学を卒業すると、すぐにアメリカに留学したのだ。
尚樹の目を覚まさせるため ―― 尚樹の視線から、逃げるために。
しかし、
「好きなんだ、本当に…克己兄さんだけを…」
「あ…尚樹…」
これは、逃げた自分への制裁 ―― 克己は静かに眼を閉じると、その身を尚樹に差し出した。



「馬鹿だよ、克己兄さん…」
ぐったりと気を失って泥のように眠る克己に、尚樹はそっと口付けた。
「俺に、同情なんかして。死んでもヤダって逃げればよかったのに…」
でも、そうできないことも尚樹は知っていた。
それほどまでに克己は優しすぎるから。
それほどまでに克己は優しすぎたから。
幸せの青い鳥は殺してしまった。側にいるだけで、全ての人を幸せにしてくれる青い鳥。それが、もう二度と微笑んでくれないことは判っている。
それでも ――
「離さないよ、克己。貴方は俺のものだ」
殺してしまった青い鳥 ―― 尚樹はその死骸を籠に閉じ込めた。




Fin.


2003.09.14.

Melty Dark