003 欠けたグラス (龍也)


「ああっ…いいっ…!」
シーツを掴んで仰け反る身体に、何の容赦もなく楔を埋め込んでいく。
「あっ…ああっ…凄い…」
獣の姿勢をとった男は恥じらいもなく腰を高く突き上げて、いやらしく解されたソコを俺の目の前に晒している。
それを忌々しく思いながらも、楔の抽出を止められない俺も最低だな。
「あン…だめ、もう…イっちゃうよ…」
「いいぜ、イけよ」
そう言いいながら俺もなんとか絶頂を迎え、その男の中に容赦なくぶちまけた。



「ねぇ、貴方…凄く良かったよ。また遭える?」
シャワーを浴びて出てくると、気を失っていたはずの男が甘い声を上げてしなだれてきた。
身体を売り物にしているだけあって、それなりの容姿はしている。しかし、
(やっぱり、違うな)
バーで声をかけられた時は似ていると思ったんだが ―― 明るい室内で見れば似ても似つかない。
唯一似ているところといえば、髪の色と長さくらいなものか?
そんなもの、今のアイツならもっと伸びてるだろうにな。
「…幾らだ?」
俺はカウンターからグラスを取ると、手近に在ったボトルからウイスキーを注いだ。
「え? それって…」
「帰れ」
「フン…そう」
男はちょっと興ざめしたように呟くと、脱ぎ捨てていた服を身につけ始めた。
「貴方、俺と誰かを重ねてたでしょ? 恋人?」
「…」
「その人とは別れたの? ああ、そうか。別れてなかったら俺なんかを抱かないよね」
「…」
「縁があったらまた抱いてよ。そのときは仕事じゃなくてサービスしてあげるから」
そういうと、名前も聞かなかった男は、俺がテーブルに投げ捨てた札束から5枚だけ引き抜いてにっこりと微笑んでドアを開けた。
「今日は、俺も気持ちよかったからこれでいいよ。じゃあね」



煽るようにウイスキーを飲み干して、テーブルに置いたつもりのグラスが滑って床に転がる。
淡いベージュの絨毯の上で、薄いガラスにひびが入った。
そのグラスを拾い、更にウイスキーを注ぐと、それは満たされることはなくテーブルの上に褐色の池を作っていった。
まるで、今の俺だな。このグラスと同様、俺の心も欠けたままだ。
どんなに他で埋めようとしても、この心は満たされない。
埋めることができるのはあいつだけ ―― 。
「…克己」
テーブルの上のグラスをなぎ払えば ―― グラスは壁にぶつかってこなごなに壊れた。
満たされないなら ―― いっそのこと壊れてしまえばいい。
満たされない心など、こなごなに壊れてしまえ。



さもなくば ―― せめて夢の中でも帰って来い。




Fin.


2003.09.22.

Melty Dark