004 殺して頂戴 (潤一郎×渉)


「なぁ、『確率(プロパビリティ)の殺人』って知ってる?」
コトが終わったベッドに倒れこんで、俺はなんとなくそんなことを潤一郎に聞いてみた。
「ああ、アレだろ。戦場とか死ぬ確率の高いところに殺したいやつを追いやって、自分の手は汚さずに死ぬように仕向けるってやつ」
「そうそう、それってさ、どう思う?」
「なんだよ、親父さんの新作か?」
俺の父親は海外にも翻訳本が出ているという、結構有名な推理小説家だ。
尤も、書いてる話が『推理小説』だから、例え息子とはいえネタをばらすとは思えない。だから、
「あ、違う、違う。そこまで手の込んだ殺し方をする心境ってどんなもんかなと思ってさ」
そう言って俺はゴロリと仰向けになった。
「最初はさ、死ぬかどうかも判らないから、仕掛ける側は本気じゃないのかなって思ったんだけどな。でもよくよく考えたら、やられるほうにも反撃のチャンスはあるわけだよな」
「そうだな…お前なんかモロそうだろ?」
ニヤリと笑って潤一郎に言われれば、ま、それも事実だから否定はできないな。
はっきり言って俺は口より手のほうが先に出るというは天性の喧嘩師だし、当然、顔はもちろん、身体にだって傷の一つを残すようなドジは踏んだことがない。そのくせこの顔に騙されて病院送りになった馬鹿は両手でも余るほどいるのも事実だ。
「まぁな。で、そうしたら、それってもしかして仕掛けるほうは自分を殺しにきてくれるってコトも計算してるのかなって思ってさ」
「ああ? 何だそれ…訳わかんねぇな」
「相手を殺すためにそこまで計算するっていうのも凄いけど、それをじっと待ってるっていうのも凄いよなぁとか。なんか歪んだ愛情を感じるなって思ってさ」
殺すお膳立てを整えて、それが遂行されるのを待ち続けて。もしかしたら返り討ちになるかもしれないなんて最高にドキドキするよな。
尤も、そんなことを言ったら、絶対お前の方が歪んでるって言われそうだ。
でもさ、
「俺、おまえに振られたらやりそうだわ」
ふとそんなことを口に出してしまった。
「げっ…マジかよ…」
「うん。でもってそう簡単には殺さないから、反撃しろよお前も」
「なんだ、それ。殺してくれってコトか?」
「あ…そうなるかな、今の流れだと」
「そうしかならんだろうが…」
そういって苦笑交じりに俺の前髪を掻き揚げて、潤一郎はそっと額に口付けをくれた。
「心配すんなよ。お前と別れるときにはちゃんと一思いに殺してやるよ」
潤一郎の身体が俺に覆いかぶさって、額に落ちた唇が、ゆっくりと項へと移動していく。
「だから別れたくなったらこう言いな。『殺して頂戴』って」




Fin.


2003.09.29.

Melty Dark