005 剃刀の使用法 (慶一郎×直哉)


一緒に昇降口まで降りてきて、下駄箱の扉を開けた瞬間に、直哉の動きが止まった。
「どうした?」
覗き込んでみると、中にはピンクの封筒が一通。そしてその表には、どうみても女の字で「新開直哉さまへ」とある。もちろん、差出人の名前はない。
「なんだ、ラブレターか?」
「え? まさか…」
びっくりした直哉はついその手紙を落してしまい、慌てて拾おうとする。
しかし ―― それは俺の手によって差しとめられた。
「読みたいのか?」
俺という恋人がいながら、他のヤツからの手紙なんてちょっと許せないぜ。だからつい声も荒くなってしまい、直哉はビクンとおびえたような目を見上げた。
「そんなことはないけど…でも、このまま捨てるなんてできないし」
「構わん、捨てろ」
どうせ俺は嫉妬深いぜ。ま、コレだけ美人を恋人にしてれば、どれだけ一緒にいたって心配なものは心配なんだ。
しかし、そんな俺の感情なんて全く理解していない直哉は、
「捨てるなんて…できないよ。ちゃんと返事もしないといけないし」
こういうところは育ちの良さが裏目に出る。ま、それも直哉の言いところではあるのだがな。
仕方がないので ―― 実は何事かと見ているギャラリーもあることだし ―― 俺はその手紙を直哉に返そうとして、ふとざらつく手触りに眉を顰めた。
「慶一郎? 何か…?」
「悪い。俺があけるぞ」
そういうと俺は直哉の手の戻さず、その手紙を慎重に開封した。
「ちょっと、ダメだよ。勝手に…」
「馬鹿、手を出すな。怪我するぞ」
「え?」
そっと封を切れば、その封じ目にあわせて剃刀の刃が銀色に輝いていた。
それを確認した途端、直哉の表情が硬くなる。
「大方、俺とお前のアツアツぶりが気に入らない馬鹿の仕業だろう、気にするな」
「…でも…」
もともと人見知りが激しくて、クラスにもなかなかなじめなかった直哉である。こんなあからさまな攻撃を受ければ、すぐに自信等消失してしまう。
だからこそ、俺は周りの目も気にせずにそのまま直哉を抱き寄せた。
「気をつけろよ。お前の綺麗な指が怪我したら大変だからな」
そう言って安心させるように背中を撫でる一方で、そっと辺りを見回してみる。
この手の嫌がらせをするやつは、その結果を自分の目で確認すること楽しみにしているものだ。だからこのギャラリーの中にいることは恐らく間違いなく ―― そっと見回した中に目が合いかけて逃げ出したヤツがいたことを、俺は見に逃さなかった。
(確かヤツは、2年の…)
見覚えのある後姿に、昔の罪業を思い知る。そういえばアイツとは2、3回寝たがあまり面白みがなかったんでさっさと別れたやつだったな。その腹いせに直哉を狙ってきたってわけか?
こんなことをしたって、俺が直哉と別れるはずもないってことを、何で気が付かないんだ?
そもそも、まかり間違って直哉と別れたとしても、アイツとヨリを戻すことは更にありえないだろ。
それどころか、こんなことをすれば俺の敵に回るってことも判らんのか?
と、そんなことを思いつつ、俺はその封筒ごと剃刀を二つに割った。
「いいな、直哉。これからは俺以外のヤツからの手紙なんて無視してやれ」
「…うん、判った」
「それから、やっぱりお前は俺から離れるな。俺の目の届くところにいるんだぞ」
「うん」
普段は遠慮して逃げる直哉だが、こういう状況なら俺の言うことも大人しく聞いている。
そして、一度約束したことは守るやつでもある。



剃刀ごときで俺たちを裂けると思ってるのか?
その程度と思われてるってのも心外だぜ?




Fin.


初出:2003.10.04.
改訂:2014.08.09.

Melty Dark