011 黒猫 (龍也×克己)


冬の氷雨が降りしきる路地裏で、怪我をした黒猫を見かけた。
綺麗なビロードのような黒い毛並みで、まだ大人にはなりきっていないような、多分1歳前後の猫。
右の前脚を怪我しているみたいで、汚れたアスファルトの上に蹲って舐めていた。
「大丈夫?」
何となく声をかけたら ―― ピタっと動きが止まってじっと見上げてくる。
そして、
「フーッ!」
金色の目を思いっきり睨み揚げて、前かがみに威嚇の姿でうなり声を上げてきた。
やっぱり、野生の猫だね。人間は敵なんだろうな、この猫にとっては…。
でも…そんなところが ―― ちょっと似てるかな?
「大丈夫だよ、何も、キミを傷つけるようなことはしないから。手当をしてあげるだけだって」
言葉がわかるとは思わないけど、でも、言わなきゃわからないこともあるよね。
「おいで、ちょっとだけだから」
そういって手を出すと、
「ニャアー!」
「痛っ…」
ピシっと左足で差し出した手をはたかれて ―― あ、爪で切れちゃたみたい。



「克己! 何してんだ」
あまりに帰りが遅いから、いつもつけさせている発信機を頼りに探し出せば、克己は薄暗い路地裏にしゃがみこんでいた。
勿論、傘なんか差しちゃあいない。
頭からずぶぬれになって、白い肌が血の気を失って青白くさえ見える。
「おい、克己!」
「龍也? あっ…」
振り向いたその時、克己の足元から黒い影がするりと走りぬけ ―― その黒猫ははるか遠くへと逃げてしまった。
一度だけ、ちょっと立ち止まって克己を見たような気もしたが。
「克己?」
「…ごめん、あの猫、ケガしてたんだ。だから手当してあげようと思ったんだけど…逃げられちゃった」
やさしい克己だから、怪我をした生き物を見てはじっとしていられなかったのだろう。
そんなことは容易に想像が付くが、
「心配させるな。オレの方が寿命が縮むぞ」
ふっと安堵の息をつく龍也に、克己はなんだか嬉しくなった。
「そうだね。あれだけ動けるなら大丈夫そうだし。それに…」
(僕の黒猫は貴方だけ ―― みたいだな)



「あの猫ね、なんか始めてあったときの龍也に似てたんだよ」
シャワーを浴びて漸く身体が温まると、克己は温かいコーヒーを飲みながらそんなことを呟いた。
しかし、
「フン、だが、オレはお前から逃げたりしないぞ。勿論、お前も逃がしはしないがな」
「…あは、そうだね」
そういって交わした口付けは ―― ほんのりと温かかった。




Fin.


2003.12.20.

Melty Dark