017 エゴイスト (飛島×悟)


元々確信はあったから、その結果を見せられても驚きはしなかったというのが事実。
ただ ―― 流石に、悟の顔を見るのだけは痛かった。



『俺さえいなければ…母さんは自由になれたかもしれないな』
そう言って唇を噛んでいたのは、昨夏の葬儀の際でのこと。
仮にも社長の母親で創設者の娘でもあるのだから、社葬とまでは行かなくてもそれなりの葬儀は行えたはず。
だが、正妻であるあの女の顔色を伺うような社の雰囲気に、元々派手な葬儀など考えていなかったとはいえ ―― それは余りにも質素で。
「いいんだ。あんな奴等に列席されちゃあ、そのほうが母さんが居たたまれない」
そういって、密葬で済ませてしまったのは悟の意思だ。
確かに、内輪の本当にその死を悲しむものだけの葬儀は、決して悪くはなかったと思うのだけれど。
それよりも、飛島にとってはこれから先のほうが心配で。
「大体、事故だなんて信じられるか? しかも保険金だって? 絶対、あいつ等が企んだに決まってるだろ!」
悲しみから立ち直ってくれたのは嬉しいが、今度は暴走しかねない危険性が合って。
「悟さん。お腹立ちは判りますが…証拠はありません。まずはそれを突き止めることが…」
「うるさいっ! そんなもの関係あるかっ! 絶対、あいつらの仕業に違いないんだっ!」
そう言って今にも飛び出そうとする悟を力ずくで押し倒して、動けないようにしたのは自分だ。
それも最愛の母の遺影が見えるすぐ側で。
(これでは…あの男と同じですね)
気を失うまで抱いて、無理やり犯したことは忘れていない。
それが、憎むべきあの男と結果的には同じだったということも。
ただ ――
「貴方を ―― 失いたくないんです。それだけは信じてください。貴方だけを愛しています」



「ん? 何だ、手紙か?」
シャワーから出てきた悟が声をかけて、流石に内心では焦った飛島だったが、
「ええ、単なるダイレクトメールです。大したものではありません」
「ふーん。それより喉が渇いたな。何か冷たいものあったっけ?」
「でしたら冷蔵庫にお茶を冷やしてありますよ。お持ちしましょうか?」
「ん、サンキュ」
そう言ってにこっと微笑みながらリビングのソファーに座る悟を見送って。
飛島はそっとその書類を封筒ごと隠した。



『父性確率0%。よって擬父小柴昭二は、子高階 悟の生物学上の父親である可能性から排除される』
その調書を、いずれは悟にも見せることがあるだろう。
だが今は ――
「すみません。私のエゴです。でも…貴方を失うことだけはできないから」




Fin.


2004.08.29.

Melty Dark