018 片方だけの翼 (龍也×克己)


初めて出逢ったとき、天使が舞い降りたのかと思った。


「お帰りなさい」
ドアを開けると、そう言って出迎えた克己は龍也に微笑みかけた。
「外は寒かったでしょう? 今夜はこの冬一番の冷え込みだって、テレビのニュースで言ってたよ」
そう言ってニコニコと微笑んでいる克己のほうは、まるで春先のような薄着だ。
冷暖房完備のこの部屋ならそれで問題はない。
そう、克己がこの部屋から出ることはないから。
「今日は何をしていたんだ?」
「何もしてないよ。ぼーっと音楽を聴いたり…お昼寝をしたりっていうくらいかな?」
「そうか」
本当にそれだけしかしていないから、一日の話などそれだけで終わってしまう。
だが、
「うん。でも…龍也や皆がお仕事をしているのに、僕だけ何もしないでいいのかな?」
そう言ってちょっと申し訳なさそうにするのは ―― この部屋に閉じ込められるようになって、ほぼ毎日のこと。
克己からしてみれば「何もしないで」いるだけなのだが、周りの連中には「何もさせるな」と指示してある。
そう、克己は ―― 自分だけを思ってここにいればいいのだから。
「そんなことは気にするな。お前は俺だけのものだ。俺のことだけを考えて待っていればいい」
そんなことを言われても、それを素直に受け入れることはまだ難しいらしい。
だから、
「本当に、そうできたらいいね」
そう、少し寂しそうに微笑んだ。



どんなに傷ついても、汚されても、克己は天使のように美しくて。
本当なら、絶対に自分の手には入らなかった ―― 住む世界の違う存在。
だが、どうしても欲しくて、独占したかったから ―― 二度と天国には帰れないように、片翼をもぎ取ってしまった。
そのために、地上に留まるしか出来なくなっているはずなのに、ちょっと目を離すことさえ不安になる。
いつか、残った片方の翼だけでも飛び出していってしまうのではないかと思えて。
例え、二度と舞い上がることなどできなくて、飛び出した瞬間に大地に激突することがわかっていても。
そんな不安に駆られるくらいなら ―― いっそのこと、残っている翼ももぎ取ってしまえばいいのかもしれないけれども。
中途半端に残しておくのは、いざとなればここから逃げることも出来るのに、それをしないことを克己自身が選んでいると確認するため。
ここに囚われることが、克己自身の希望だと ―― 思いたいため。
だから、
「何もいらないよ。龍也の側にいさせてもらえれば」
そう言って、残った翼で凍りついた俺の心を温めようとしている天使が、狂おしいほどに愛しい。




Fin.


初出:2006.01.29.
改訂:2014.08.09.

Melty Dark