◆◆ be jealous ◆◆



「・・・だから、暫らく同居人が出来るらしいし、相手しなきゃいけないみたいで、会えそうにない」
俺がそう嘉佳に連絡したのは、学校から帰宅してリビングにあったメモを見てからだ。
『同居人?どんな方なんです?』
「あ?母さんの知り合いらしい。まあ、とにかくそういうことだから」
嘉佳が煩いことを言わないうちに、さっさと電話を切った。


―――これが、嘉佳の嫉妬深さを思い知らされることになるのだ。


「輝良、彼がアダム。暫らく日本に滞在したいということだ。私のアメリカの友人の息子でな、頼まれたんだ」
嘉佳に連絡をして数日後、アメリカからやって来た17歳のアダム・フレドリックという彼。
長身で金髪。何より笑顔が印象的で、しかも驚いたことに握手をしたかと思うと、そのまま俺を抱き締めて頬にキスをした。
「キラはとってもかわいい。好きになりそう」
と、堪能な英語で告げる。
俺は会話程度ならわかるが、だからってこんなことは聞きたくないし理解したくもない。
こんなことを言うのは、ひとりで充分だ。
「アダム、輝良には一応恋人がいるからな。好きになるなら奪う気でいろよ」
と、母さんは挑発してアダムを俺に預けて行った。


「僕のダッド(父)は始めにキラのマム(母)を口説いたそうだよ。ただ、彼女を迎えに来たキラのダッドの方がもっと好みだったらしくてね。ニホンに来る前にダッドが、僕はきっとキラを気に入るよって教えてくれたんだ」
その通りだったと、日本に来てよかったと笑顔を振り撒くことを忘れない。
ああ・・・ここに嘉佳がいなくてよかったよ、ホントに。
「アダムのダッドは医者?」
「そう。再生医学に力を入れてるみたいだよ。だからいつかキラのダッドの役に立てるようにって頑張ってる」
確かに心臓と再生医学は関係ある分野だけど・・・。
俺はひとつ浮かんだ疑問について尋ねた。
「じゃあ・・・アダムのマムは?」
「専業主婦だよ。キラのマムとは正反対だね。僕の弟と妹はまだちっちゃいから」
実は家を出発する時、弟妹にすごく泣かれてしまったんだと苦笑いするアダムは、兄弟のいない俺には、眩しく映った。


アダムは日本の食事も気に入り、俺は学校もあるからいつも一緒ではなかったが、それでもこの家には母さんが仕事でいない以上、彼とふたりだった。
だから俺とアダムが仲良くなるのは、あっという間でついでに俺の英会話も上達した。
「ねぇ、キラ。恋人のこと教えて?」
既にアダムは俺に男の恋人がいることを知っている。
「知ってどうするんだ?」
「知りたいから。ね、どんな?」
・・・困った。俺は嘉佳のことを誰かに惚気るようなシュミはない。
「・・・悪い。上手く言えない。母さんに聞いてくれ。知ってるから」
これが大きな間違いだったのだと後になって気付く。



「キラ!あんな男とは別れなくちゃダメだよ!」
休日に、アダムが“待ち合わせをしたい”と言ったので(同じ家にいるのに・・・) 外で待ち合わせをして、アダムがカフェへ無事辿り着けたことに安心していたら、彼は口を開くと一番にそう叫んだ。もちろん英語でだ。
「・・・は?」
「アザミに聞きに行ったら忙しいと言われてね。だからタカオリに聞いて来た。キラのステディのこと。そしたら・・・そしたら・・・。絶対別れた方がいいよ!これ以上キラが傷付くのはイヤだ」
・・・母さんに聞けと言ったのは俺だ。忙しいと言われたのもわかる。
だけどどうしてその後、あの人に聞こうとするんだ?
悪く言うに決まっているのに。
それは今のアダムの態度で明らかだ。
「アダム、父に何を言われたか知らないけどな、あの人は俺が誰かと付き合うことを快く思ってないんだ。嘘を教えられてるかもしれない」
「嘘でもいいよ。それより、僕となら認めてくれるって! だから、ね? キラ。悪い男とは別れて、僕と付き合おうよ」
・・・あの人。嘉佳以外なら誰でもいいみたいだな。面倒なことしやがって。
アダムにはやんわりと否定しながら、俺は苦笑いするしかなかった。



「輝良!誰なんですか?あの男は!」
そう叫びながら家に乗り込んで来たのは、言うまでもなく嘉佳だった。
「何しに来たんだ?」
「とぼけたってダメですよ。昨日しっかりとこの目で見たんですからね! 輝良が・・・輝良が浮気なんてするはずがないと信じていても・・・私は・・・」
・・・これで何度目だろう?泣きそうな嘉佳を見るのは。
しかも全部勘違いと早とちりでだ。進歩がない。
「キラ?お客さん?」
「ああ、ちょっとな・・・」


「あー――っ!昨日輝良といた男!あなたはどなたですか?私が輝良と会えないからって珍しく仕事に精を出していたというのにっ!!」


「お前、昨日あそこに居たのか?」
怪訝そうな目で嘉佳を見ると、
「仕事で近くに用があったんです。
 でも・・・輝良の浮気現場を目撃してしまった 私はその後全く仕事になりませんでしたよ」
・・・浮気じゃねぇよ。
「誰が浮気したって?いい加減にしないと怒るぞ?」
「キラ?誰?まさか、キラのステディじゃないよね?」
突然、アダムが乱入して来た。
ややこしいことになりそうだ。なんかこの場から逃げたいな。
「いや、その・・・」
「輝良!ちゃんとはっきり言ってやってください。
 私がダーリンで、私たちは熱々カップルだから誰の入る隙間もないってね!」
・・・あまりの衝撃に言葉を失ってしまう。
呆然としている俺を余所に、もちろん英語のわかる嘉佳は、自分で説明を始めた。
・・・どうなるのか俺でも怖いな。なんて考えていると・・・。


「もう我慢できません!輝良はいただいて行きます!!」


おいっ?!ちょっと待て!
・・・俺は有無を言わさず嘉佳に連れ去られることとなった。
その様子をアダムが驚いた表情で見ていた。



「輝良?わかってるんですか?あなたは私の恋人なんですよ?!」
自分の家の部屋に俺を連れ込み、誰も入って来れないようにと厳重に鍵を掛けた嘉佳は、いつになく冷静さを欠いていた。
「何が言いたいんだよ。人を勝手に連れ出しといて。アダムも・・・」
「あなたは・・・っ!・・・わかってないっ。私がどんなに・・・っ!」
初めて見るような嘉佳にただ驚いていると、突然聞こえた不吉な宣言。
「・・・今日は眠らせませんし、放しませんよ。覚悟してください」

わかっている。これは嫉妬だ。輝良が悪いわけじゃない。
――― でも、止まらない。
輝良を奪って行きそうな“可能性”のある男が現れて私は焦ったのだ。

強く色付く証が輝良の肌に増えてゆく度、嘉佳の感情は冷静さを取り戻し、非道く負担を強いるような抱き方をしてしまったことを詫びるように、それからは輝良の快感を優先させた。


「・・・っ・・・はっ・・・あぁ・・・」
浮かされた熱。
「・・・輝良・・・。・・・・・・輝良っ・・・」
退かない熱。
「あっ・・・ん・・・っ。・・・あぁーーっ・・・」
冷めずに交差する熱。
「輝良・・・っ。・・・あなたを、愛してるんです・・・っ・・・!」
それは燃え上がる炎のように。

 ―――――――――――――――――――――――――


重い目蓋を開くと、不安そうな顔をしている嘉佳がいた。
俺は、その瞬間にわかった。
――― ああ、コイツは不安だったんだ。
こんな無茶をしたのも、らしくなかったのも、その所為か。
・・・だったら、許してやるしかないな。俺も甘くなったものだ、全く。


「何不安そうな顔してるんだ・・・?」
びくっ! とまるで責められることを覚悟していたような反応。
「・・・ごめんなさい。私が言えた義理じゃないですけど・・・大丈夫ですか?」
「ああ。俺のことより・・・何が不安なんだ?」
手を嘉佳の頬に当て、微笑んでやると、驚いたように目を見開く。
「・・・あなたは・・・・・・なんて人なんでしょうね・・・」
・・・どういう意味だ?
それより、何だかまた眠くなって来た。
「(起きたらちゃんと聞くから・・・ひとりで泣いたりすんなよ・・・)」


輝良からの、再び眠りへと誘われる瞬間の最後の台詞は
聞こえたのか、聞こえなかったのか―――・・・?


俺が動けずに須賀邸で過ごしている僅かな日数の間に滞在期間を終えたアダムは帰国してしまっていた。
また来るねって、俺へのメッセージを残して。
アダムのメッセージを聞かされた嘉佳はピキっ! と顔を引き攣らせていたが。


「私は輝良を誑かした悪い男にされていたんですよ。しつこく付き纏って、やさしい輝良の心に付け込んで、同情を買ってそれでも放さないで、無理にあなたを抱いているという鬼畜な男に!・・・ね、酷いでしょ?」
既にいつもの嘉佳に戻っていて・・・いや、以前よりふてぶてしく・・・? ずうずうしく・・・?なっているような気がするのは俺だけか・・・?
「・・・・・・・・・・・・」



「で、嘉佳くんは何に嫉妬したって・・・?」
実は須賀家の誰かを買収してるんじゃないかってくらい今回のことに詳しい母さんに、数日家に帰って来なかった原因を聞かれた。
(知っているのに俺に言わせようとするところが性質が悪い・・・)
「アダムが俺にキスしたって言ったから。そして俺が嫌がらなかったって。バカなんだよ、ほっぺただったのに」
聞きたいことを上手く引き出すのが、母さんの手だ。
「ふぅん・・・。それはそれは・・・」
母さんの意味深な相槌と微かな笑いが、何より怖かった・・・。


End

サイト開設1周年記念に、「wish」の皐月様から頂きました。
浅葱、お気に入りの「恋人シリーズ」です。
相変わらず輝良に振り回されてる嘉佳。
強気受けって好きです♪

どうもありがとうございます、皐月様♪
企画第2弾、絶対やりましょうねv
(↑原稿を遅らせてるのは私ですが…)


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「wish」 皐月様


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