◆◆ 百人一首の薫り ◆◆



   取り寄せたお節と屠蘇を4人で楽しんでいたら
   若干酔って頬を赤くした芙蓉が言い出した。

   「百人一首をしましょう」

   芙蓉の提案にまず乗ったのは、勝負事を好む櫂斗だった。

   「いいぜ。負けたヤツは罰ゲームな」

   「いいけど・・・・・・芙蓉、大丈夫?」

   亮介は酔った様子の芙蓉を心配し、異を唱えたのは、響一朗だ。

   「私・・・やったことがないのですが・・・」

   「それなら響が読めばいい」

   俺様・櫂斗の一声で響一朗が札を読むことになり
   櫂斗、亮介、芙蓉の3人でやることになった。


   「かささぎの・・・・・・」

   「はい」

   「天の風・・・・・・」

   「はい」

   通常大会ともなると早く取る為に札が飛ばされることも珍しくないが
   芙蓉はぽん、とやさしく手を乗せて取っている。

   「由良のとを・・・・・・」

   「はい」

   始まって数分、亮介は元より、櫂斗でさえもショックを隠し切れないでいる。

   「あの・・・芙蓉・・・どうして全部読まないうちに取れるのですか?」

   「“全部”憶えていますから」

   百人一首を知らない響一朗に、芙蓉はにっこりと笑って答える。

   「全部・・・・・・?」

   「あのさ、響、百人一首って上の句と下の句があって
   取る札には下の句しか書いてないんだけど
   憶えてる人は上の句が読み上げられただけで取れるらしいんだよ」

   「そうなんですか・・・芙蓉は凄いですねぇ」

   「凄いなんてもんじゃねぇよ」

   「「えっ?」」

   「普通は憶えててもその札を探すのに意外と時間が掛かるものなんだ。
   なのに芙蓉を見てみろ。
   上の句、下の句どころじゃねぇ。
   今、並んでいる札の位置さえ“全部”憶えてるんだ」

   だからこそ櫂斗さえ驚いているのだが、当の芙蓉は
   楽しそうに嬉しそうに微笑んでいるだけだ。

   「・・・もしかして、芙蓉ってかなり強いんじゃ・・・」

   「もしかしなくてもそうだろ。・・・勝負になんねぇ」

   櫂斗はそう言い出すと、芙蓉を後ろから抱き締めた。

   「芙蓉、そろそろ眠くなって来ただろ?
   俺とベッドルームへ行こうぜ」

   「え・・・でも・・・・・・」

   「百人一首なら響が強くなってからまたすればいい、な?」

   「そうではなくて・・・・・・・・・」

   「芙蓉?」

   「皆さんと共有したい素晴らしい句があるんです」

   「どんな句だ?」

   「・・・君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」

   やさしく告げられる、藤原義孝の句。

   「どういう意味なんですか?」

   「私の・・・亮介と響と櫂斗への、気持ちです」

   酒の影響ではなく、頬を染めてはんなりと微笑む芙蓉が
   知ってはいてもこんなに美しいのだと、改めて気づく。

   その句に込められた意味を、句だけで今、理解出来るのは
   芙蓉以外いない。

   性格に似合わず博識な櫂斗でも流石に百人一首全ての意味は知らなかったようで
   今すぐに知りたいという苛立ちを感じていた。

   「わからなくてもいいんですよ。あ、まだお屠蘇ありましたよね?
   今年は上手に出来たんですよ。もっと飲みましょう」

   芙蓉は自分の勝手な想いなのだから、と場の空気を変える。

   美味しいから、と通常よりも深く酔い
   その間に櫂斗がその場から抜け出したことに芙蓉は気づかなかった。


   櫂斗はもちろん、芙蓉の告げた句の意味をすぐに調べた。
   君がため、で始まる句はひとつではないが
   すぐに意味はわかった。

   『君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな』

   それは、あなたのためなら惜しくない命でも、あなたと逢えた今は
   少しでも長く生きたいと思っているのです、というものだった。

   櫂斗はそれがわかった途端、芙蓉の元へ急いで戻る。
   しかし、芙蓉は心地よい眠りに誘われていた。

   「芙蓉、寝ちゃったよ」

   「意味はわかったんですか?」

   「・・・ああ」

   ぽつり、と櫂斗が漏らした返事の後に意味を伝えると
   亮介も響一朗も胸が熱くなるのを感じ、すぐにでもそれは自分の台詞だと
   同じ、いやそれ以上の想いを告げたいと思った。

   「芙蓉、目が覚めたら存分に愛してやる」

   「櫂斗は今年も無茶しそうだよね」

   「百人一首とはそのような素晴らしい句があるのですね。
   芙蓉と語り合う為にも勉強しなくては!」

   そして、幸せそうな表情で眠る愛しい相手を、その眼差しで見つめていた。



   数日後、芙蓉は呉羽と咲綺、それから呉羽が連れて来た鷹祢と一緒に
   ホテルのラウンジでお茶をしていた。
  
   「はぁ〜皆はいいねぇ。優しい旦那で」

   そう言って溜息を吐くのは、恋人の独占欲と有り余る精力に悩まされている鷹祢だ。

   「そんな・・・鷹祢さん、愛されている証拠でしょう?」

   そんな鷹祢におっとりとした様子で言葉をかける咲綺は
   それの何処が悩みなのか本当に判らないという顔をしている。

   「鷹祢は本当は惚気たいだけなんですよ、ね?」

   そして呉羽は、鷹祢が本心では本気で悩んでいるわけではないことを知っていた。

   「ちょっと呉羽〜そういう呉羽だってアイツに不満のひとつやふたつあるでしょ!」

   「それは・・・人はもちろん完璧ではありませんから」

   「答えになってないよ〜」

   きっとこんな調子で仕事場での休憩中も会話しているのだろうと思わせる
   鷹祢と呉羽の様子を、芙蓉は微笑ましいと言った感じで見ている。

   「先生・・・芙蓉さんは最近忙しいみたいですけど大丈夫ですか?」

   「ええ。忙しいと言ってもそれ程ではありませんから」

   最近芙蓉は知人に頼まれて幼稚園に出かけているのだ。
   幼稚園で礼儀作法の一環としてお茶のお稽古があっており
   その手伝いをしている。
   優しくて教え方の上手い芙蓉は、柔らかな美貌と相俟って子供たちにも大人気だ。

   「あ、でも若宮くんに聞いたけど櫂斗って俺様な恋人が最近不機嫌なんだって?」

   鷹祢は同じビジネスマンとして亮介を知っていて、会えば仕事以外の話をするようになった。
   芙蓉と知り合ったからだろう。

   「そうなんです。子供たちにお茶を教えるのが姉と共同の夢だったので
   今はとても楽しいんですけど・・・子供たちと接しているといつ私が子供を欲しがるかと不安らしくて」

   「それって、櫂斗さん?のことですよね?」

   咲綺が何故知っているかというと、ただ顔を合わせたことがあるだけでなく
   最愛の人・正毅が話をしていたからだ。
   怒らせればいろいろと面倒だと聞かされたのだが、芙蓉にとっては違うようだ。

   「ふふ・・・まあ、そうですね。可愛いでしょう?判りやすい独占欲で」

   櫂斗を見たことのある咲綺も呉羽も、何となく知っている鷹祢も
   あの櫂斗を可愛いと言ってのける芙蓉を、やはり大物だと思った。

   「咲綺だって正毅さんに何かあるでしょ、不満」

   「えっと・・・・・・」

   「僕たちだけしか聞いてないから、言ってもいいんじゃない?」

   自分も言うから、と鷹祢の質問に呉羽が助け舟を出してくれる。

   「そうですね。・・・その、何でも美味しいって食べてくださるんですけど
   逆にそれが張り合いがないというか・・・」

   好き嫌いのない正毅は、文字通り何でも食べる。
   しかし、明確に大好物というものがなくて困るのだ。

   「好物ですか・・・櫂斗みたいに判り易いというか偏ってるのも困りますけど」

   「どういうこと?」

   「櫂斗はお肉が大好きなんです。特に牛肉ですね」

   「あはは〜何か判るかも。呉羽は?アイツの好物って知ってる?」

   「ええ。基本的に何でも食べてくれますが新鮮な魚は特に好きみたいですよ」

   そういう鷹祢は?と聞くと

   「笠井の好みなんて知らないよ。俺の好みは知り尽くしてるんだろうけど。
   それで、呉羽の不満は?」

   「京と張り合うことですかね。そこにお義父さんが入ると大変で・・・。
   今は諦めて傍観するようにしています」

   実際困ったことになる原因は、天の父のような気がする・・・と呉羽はこっそり思った。


   結局惚気ているのか、愚痴を言い合っているのか判断が付き難い状況の中
   そんな4人をこっそりと観察している集団がいた。

   「ふふっ、可愛いって言われてますよ、櫂斗」

   「煩ぇ!お前らなんて話題にも出てねぇじゃねぇか」

   「それはほら・・・作者の陰謀だよ」

   「鷹祢様・・・私の好物はたったひとつだといつもお教えしているのに
   まだご存じではない振りをなさるとは・・・今夜さっそくしっかりお教えしないと」

   「正毅さん、好き嫌いないんですか?」

   「咲綺の作るものにマズイものはないからな」

   もちろん、4人の恋人たちだ。
   4人が集まると知ったそれぞれが示し合わせて、合流したのだ。

   「そういや、芙蓉が今度百人一首のゲームをやりたいと言ってたんだ。
   賞品用意して遊べたら、ってな」

   櫂斗は思い出したように告げる。
   芙蓉の為ならばこういう根回しも出来る男なのだ。

   だが実際は、思慮深い恋人へ大っぴらに贈り物をするいい機会だとも考えていた。

   「咲綺も喜ぶだろう。出来るかどうか知らないが」

   「それならば素敵な賞品を準備いたしましょう。ええ、私の腕の見せ所です。
   きっと鷹祢様も張り切って参加されることでしょう」

   それに気づいたのは櫂斗だけでなく、笠井も同じ。
   勝負の賞品は、受け取るのが当然だ。

   「ねぇ、櫂斗・・・それはいいんだけど芙蓉めちゃくちゃ強いじゃない?
   勝負にならないんじゃ・・・?」

   「俺は芙蓉が1番になるのが今から目に浮かぶ」

   そして自慢するのだと確信している櫂斗は、遠慮というものを知らない。

   「ちょっと・・・聞いてる?」

   「百人一首か・・・呉羽も強そうな気がする・・・」

   「咲綺も意外と負けず嫌いだからな」

   自分の恋人が1番、というのは誰もが譲れない気持ちのようだ。


   「百人一首?子供の時以来かも・・・」

   「幾つかしか憶えてませんよ、きっと」

   「正毅さん・・・一緒に練習してくださるかな・・・?」

   鷹祢、呉羽、咲綺も芙蓉から提案され、思いを馳せる。

   そうして百人一首大会が行われることとなった。


   と、その前に練習、練習・・・・・・ということで二階堂家では―――――。


   広い和室では、正毅と咲綺が向かい合い札を見つめている。

   最初は若い男たちに札を読ませていたが、何しろ勉強の苦手な者ばかりが集まっていて
   まともに読めるものがいない。
   そこで何とか読める、咲綺の護衛・相原が読んでいるのだが・・・・・・。

   「・・・・・・咲綺、やる前に句を覚えた方がよくないか?」

   咲綺は1枚も取れず仕舞いだ。

   「どうして・・・正毅さんはそんなに早く取れるの・・・?」

   手を抜かれるのも嫌だが、差が付きすぎるのも嫌だと半泣き状態だったりする。

   「俺の専攻は日本文学だ。百人一首だけじゃなく古典と名のつくものの殆どは読んでる」

   正毅は国立大学を卒業しているが、表向きの職業に必要な
   経済学部ではなく自分の興味を優先させ、国文科を選んだ。
   根っから数学が得意で経済学部を出ている咲綺とはある意味正反対なのだ。

   「頑張って、勉強します・・・」

   「俺が教えてやるから泣くな。咲綺が憶えやすい句もいっぱいあるから」

   腕を引き寄せて抱きこみ、咲綺へと囁く。

   「・・・本当に・・・?」

   「ああ、そうだな。例えば・・・“陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに”
   というのがある」

   正毅は相原から札を受け取り、目についたものを例にあげてみた。

   「これはしのぶもぢずりの模様のように、誰のせいで乱れてしまったのか。
   それはあなたの所為なのです、と言ってるんだ」

   「?・・・・・・それでも私には意味がよく・・・」

   「いいか、そうじゃない句もあるが、基本的には季節の美しさや自身の想いを綴ったものが多い。
   これは恐らく心の動揺を歌っているんだ。
   あなたの所為でこんなにも心が乱れる・・・ってな」

   「そんな風に判り易く説明していただくと私も理解出来るような気がします。
   ・・・他には?・・・正毅さんのおすすめを教えてください」

   「そうだな。・・・・・・“わびぬれば 今はた同じ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ”
   確かこれは・・・ここまで行き詰ってしまったのだから、今となっては
   身を潰してもあなたに会おうと思う・・・・・・こんな意味だったか」

   「・・・・・・百人一首って素敵。正毅さんに教えていただくと覚えられそうです」

   遠回りに言い表すということに、情緒を感じた咲綺は
   正毅の腕の中でうっとりと説明を聞いていた。



   中原家。

   「鷹祢様、練習しましょう」

   「何を?」

   「ですから、百人一首のですよ」

   「そんな暇はないよ。行くだけで精一杯」

   「それじゃせっかくの豪華な賞品が・・・・・・!」

   「何か言った?・・・生憎律の考えなんてお見通しなんだよ。暇じゃないのも本当だけど」

   「いえ、鷹祢様こそ何か仰いましたか?」

   「別に〜」



   緒方家。

   「なにこれ?かるた?」

   百人一首を見て、天と呉羽の息子・京は聞いてみた。

   「カルタの一種だけど、ちょっと京には難しいかもしれないね」

   「え〜おれもやる!ひらがなよめるし!」

   「お前じゃなくて呉羽の練習なんだけどな・・・ま、いっか」

   そうして天が読み始めると、なんと京が札を取った。

   「京、まだそこに書いてあるとこ読んでないぞ?
   カンで取ったらダメだって」

   「ちがう!たかし、“なげとけ”ってよんだじゃん。
   これ、“な”ってかいてあるっ!」

   「なげとけじゃなくて、“嘆けとて”だったよ、京。
   それにね、このカルタは最初に読まれたひらがなじゃなくて途中のを探して取るものなんだ」

   「え〜じゃあこれちがう〜?とちゅうってなに?」

   それから天と呉羽のふたりで京へ丁寧に説明するも、まだ早かったようで
   しょっちゅう首を傾げる京だった。

   そして練習にはならなかったのだ。


   芙蓉の家では・・・・・・練習は不要で、ただ百人一首を皆で出来ると喜ぶ芙蓉がいたり、
   芙蓉に取らせる賞品の準備に余念のない櫂斗がいたり
   その様子をハラハラと見つめる亮介に、ひとり百人一首の暗記に励む響一朗がいた。


   End



     Message

     サイト7周年、おめでとうございます!
     今年は豪華?にキャラも多めで長めなお話をお贈りいたします。
     続きは・・・続きは・・・・・・いずれ、そのうちに♪(笑)
     これからも楽しいお話を心待ちにしています。
                                2010.2   皐月


サイト開設7周年記念に、「wish」の皐月様から頂きました。

我が家の姫様が百人一首をしているという話から、
芙蓉は強そうですよねぇ〜という話になった記憶があります。
芙蓉っておっとりしながらさっさと取ってしまいそうですね。

すっかりupが遅くなってしまい、すみません。
今後ともよろしくお願い致します。<m(__)m>


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「wish」 皐月様


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ぐらん・ふくや・かふぇ
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