◆◆ On or Off ◆◆



   都基の頭には常に緋翠という存在がある。
   それは想っているという理由とは別に、理想・・・目標、憧れ、そういうものとして。

   でも強く意識し過ぎると、その存在に捕らわれて身動き出来なくなるということも知っている。
   都基にとって唯一無二の人は、全てに於いて強烈な印象を与える人だから。


   「明日、報告に行きます。・・・はい、・・・ええ。・・・・・・では」

   都基は簡潔に用件を告げると、通話を切った。
   相手は緋翠の右腕・宮木だ。

   まだ―――緋翠の右腕と呼ばれるまでには、至っていない。
   かなり大きな仕事も任されるようになってはいても。

   ただ、仕事一筋に生きるより、恋愛だけに溺れるより
   自分はふたつもの最高のものを手にしているという自覚はある。
   だからこれでいいのかもしれない。


   今回頼まれていた仕事は、不況という名の下
   東雲系列に名を連ねる小さな会社が発端だった。

   その収拾を命じられた都基は、数日前に落ち着くまで
   本当に忙しい時間を過ごしていた。

   “本質は、土壇場に表われる”

   その言葉は仕事中の都基の軸にある。

   起こった問題をどう片付けるか、それは問題後の信頼回復へ
   多大な影響を与える。
   それを都基は、緋翠に助けられてからも幾度となく見て来た。

   やり方は理解していた。
   でもひとつ間違えば起こった問題以上の損害を出すことになる後処理。
   それを任されたというのはある意味嬉しく、そして微かな不安があった。

   しかし、都基はやり遂げる。
   何よりも、緋翠の期待に応える為に。


   翌日の夕方、都基は緋翠の待つ屋敷へと向かった。
   最近は緋翠も自分も海外を行き来することも多く
   顔を合わせるのはどれくらいぶりかと考えながら。

   「報告を聞こう」

   緋翠は相変わらず何かの作業をしながら都基を待っていたようだ。
   無駄な会話は一切することなく、都基は自分が片付けた問題について
   順を追って説明する。
   もちろん宮木は、緋翠の側に控えていた。

   いつもと違うのは、報告の途中で緋翠が手を止め
   都基の声に耳を傾けているのが判ったこと。

   「・・・都基、ご苦労だった」

   その理由は、後で知った。
   緋翠は誰が相手であろうと、報告を求めた人間が来る前に
   その内容を宮木たち部下に調べさせるのが常だと。
   報告を、緋翠の元へ届ける前に改竄する可能性もないとは言えないからだ。

   都基は漸く、ひとつの壁を緋翠に取り払わせた。
   それは今回の仕事を任された以上に、都基には喜ばしいことだった。

   「宮木、この後は都基と過ごす。お前は下がっていい」

   「畏まりました」

   報告が終わり、緋翠が手掛けていた仕事も一段落ついてから
   そんなやり取りが都基の耳に届く。

   緋翠が都基と一緒に過ごすと言っている。
   つまり、朝まで一緒だと言うことだ。


   シャワーを先に浴び、ベッド以外は殆ど何もない部屋で緋翠を待つ。
   いつもは仕事をしているはずの時間帯に、ただひたすら
   緋翠のことを考える時間がやって来たと、ある意味贅沢なのかもしれないと思う。

   「・・・・・・っ、・・・」

   緋翠がベッドへとやって来て、すぐに押し倒される。
   約1月ぶりのキスは、それだけで身体を熱くした。

   「都基・・・どうして欲しい?」

   時間を掛けたキスの後、緋翠は都基の肌に舌を這わせながら問う。
   余計な肉など付いていない健康的な肌が羞恥と愛撫によって色付いて行く様は
   とても扇情的と言える。

   「・・・ん、・・・っ、・・・・・・緋翠・・・あなたの好きに・・・っ」

   火のついた身体は、飢えを思い出したように敏感さを増した。

   「それは激しくって強請ってるのか」

   彼が、ほんの少し笑ったような気がした。
   自分を虜にした、強く男を感じさせる笑みを。

   「・・・何処で憶えた」

   「・・・・・・は、ぁ・・・っ、・・・あなたが、仕込んだ癖にっ・・・!」

   脚を開いて怒ることほど滑稽なことはない。
   だがその怒りさえ、内側から生まれる快感の前には続かない。

   無意識に彼の肩を抱き、爪を立てている間に
   指を含んだ内部は、雄を受け入れる器へと変わっている。

   「そうだな・・・。だから俺だけが満足させてやれるだろう?」

   そう言って、声にならない甘い悲鳴とともに
   緋翠の分身は都基の中へと埋め込まれた。

   ゆっくりと馴染んで来ると、都基は繋がっているところから
   別の鼓動を感じる。
   文字通りひとつになっていることを、そうして強烈に意識するのだ。

   「あ、・・・あぁ・・・っ、・・・ん・・・っ・・・」

   緩急をつけて齎される動きは、都基を翻弄する。
   自然に涙が零れるくらいに。

   「っ・・・ぁ・・・っ・・・!・・・あぁ、っん・・・っ」

   「都基・・・・・・」

   そうして溶けそうな感覚を味わいつつ登り詰める。
   その瞬間、塞がれて絡め取られた舌を強めに吸われ
   頭がくらくらになるような、そんな錯覚さえ覚えた。


   何度目・・・と数えていたわけじゃない。
   ただ、気が付けば体位が変わっているということが
   意識を飛ばしていた事実を伝える。

   「は・・・っ、・・・も、・・・あ・・・・・・ん、・・・っ・・・!」

   一見ストイックに見える緋翠の欲望に火をつけたのが自分の何だったかは判らないが
   今も繋がっているところからは彼の精が溢れているのに
   彼の楔はまだ勢いを保っている。

   「都基・・・・・・俺は誰だ?」

   「えっ?・・・あっ、・・・・・・緋翠・・・っ・・・?!」

   「お前に呼び捨てにされるのは、悪くない」

   自分はこんなにも翻弄されているのに、もっと溺れさせようとでも言うのか。
   こんなにどろどろになるまで抱き合っても、そこに甘い言葉はなくて
   でもここには確かに想いがあるのだ。


   寝入ったのが何時だったのかは知らないが
   長いこと抱き合っていたのは、身体の鈍い痛みと疲労が教えている。

   だが仕事があると思うとそれさえ忘れられるのはいいのか、悪いのかと
   自分でも考えてしまう。

   「都基、今日の予定は?」

   緋翠がまだベッドの中にいるということは、今日は急がなくてもいいのだろう。
   逆に都基はそうはいかない。

   「稲垣グループ会長との打合せが入ってます。
   まあ主に秘書の方との話し合いになるでしょう」

   「・・・あそこの会長は昼行灯だったな」

   「ええ。昔の誰かさんと似ていて・・・。
   それではお先に」

   そうして都基は、仕事へと向かった。
   少ない睡眠時間も、数時間前までの余韻も、欠片も匂わせることなく
   仕事用の顔をして。

   あまりに切り替えが上手くなった都基の後姿を見て
   流石の緋翠も微かな苦笑いを浮かべた。


   End


     Message
     サイト6周年、おめでとうございます♪
     今回は浅葱さんご贔屓の都基というリクエストを元にした作品を贈らせていただきますね。
     これからも素敵なお話を心待ちにしています。
     2009.2        皐月


サイト開設6周年記念に、「wish」の皐月様から頂きました。

今回は浅葱がお気に入りの都基を!とお願いしたところ、
こんな素敵なお話を頂いてしまいました。

最初は緋翠に溺れてた都基なんですが
認められたくて頑張っていたはずなのに
いつしかビジネスとプライベートはきっちり分けられるようになって〜と。
逆に緋翠に追いかけさせるまではいかなくても
一目おかれるようになってきたってトコロが萌えなんですよね!

皐月様、いつもありがとうございます!


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「wish」 皐月様


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