◆◆ So Sweet ◆◆

「雲の上を歩いてる」番外編



   伊吹は画廊で来客予定の名簿を見ていた。
   この日に来るから、このくらいの値段でこういう雰囲気の絵を探しておいてくれと
   頼まれることもよくあるのだ。

   明日の来客予定者は高階悟という建築関係者で
   贈り物をする時には画廊を使ってくれるいわば常連だ。
   リストの注意書きには、甘いもの好きとある。

   「あ、ケーキ用意しとかなくちゃいけないんだった。
   ・・・ちょっと待てよ、明日は・・・・・・」

   客の嗜好が判っている場合、伊吹はそれに合わせてお茶や菓子を揃える。
   余程の甘いもの嫌いでなければ伊吹はケーキを用意する。
   もちろん自分も後で食べられるし、恋人の仕事場への貢献にもなるからだ。

   ふと伊吹はカレンダーを見て固まってしまった。
   ケーキは当日に買うのが1番だから明日1番に買いに行こうと思ったのだが
   奇しくも明日はカノウクラシックホテルの中にあるケーキショップが休みの日だ。

   「あ〜どうしよう・・・ダメ元で大和に頼むしかないかな」

   伊吹の恋人はそのホテルのパティシエで、帰宅した彼に
   さっそく事情を説明する。

   「別にいいけど・・・明日は伊吹が仕事の間どうせケーキ作って待ってようと思ってたから」

   あっさりとお願いを承諾してくれた大和に抱き付いて喜んだ。
   それは恋人が自分の為に、自分の好きなケーキを作ってくれるということに感動したのであって
   仕事で必要なケーキが確保出来たからではない。

   「ありがとう!」

   そして伊吹は大和にキスを強請ってご機嫌だった。


   「この画家の作品は色に温か味があるということで人気です。
   それから・・・・・・」

   伊吹は来店した悟を画廊の奥の応接室へ案内すると
   早々に絵の説明を始める。

   その間に大和がお茶とケーキを応接室の入り口まで持って来てくれて
   伊吹はそれを受け取ると部屋に戻った。

   「高階さん、お茶をどうぞ。ケーキもお好きなものを召し上がってください」

   「ああ、ありがとう」

   立って絵を見ていた悟が伊吹に呼ばれてソファへと座る。
   すると目の前にあるのは湯気の出ている紅茶と皿に並んだケーキ5種。

   チーズ、抹茶、ホワイトチョコ、ストロベリームース、カシスをベースにした
   彩りも鮮やかなそれらに悟は内心、どれを食べようかと迷ってしまう。

   そこへ来客を知らせるベルが鳴り、伊吹は悟に断って
   応接室を出る。

   飛び込みの客は滅多にいないのだが、それでも皆無というわけではない。

   「あの、外から素敵な絵が見えて・・・見せていただいても?」

   そう言って画廊へ足を踏み入れた客は、芸術に煩い伊吹でも目を見張るような
   美貌の主だった。

   「もちろんです。どうぞごゆっくりご覧ください」

   この人のイメージは白。
   厳かな宗教画の中で主役は聖母だったりすることが多いのだが
   その聖母よりも一際輝く天使・・・その天使が存在しているように思えた。

   絵に造詣が深いというより純粋に絵が好きなのだと窺わせる話を展開する彼に
   伊吹はその容姿と相俟って、興味が沸くのを感じる。

   「克己!やっぱり・・・知ってる人間の声だと思った」

   そう言って応接室から悟が出て来る。
   どうやら美貌の主は克己という名前で、悟と顔見知りだと判った。

   「そうだ、克己。ヨダレもののケーキがあるんだ。
   伊吹さん、克己も一緒にいいかな?」

   悟は伊吹に聞いて、克己を応接室へと誘う。
   どうやら克己も甘いものが好きらしい。

   「わぁ〜美味しそうだね」

   大和に頼んで克己の分のお茶とケーキを用意し、悟のお茶も入れ直す。

   「これ、ひとりで食べてよかったとか?
   どれにしようか迷ってたんだけど・・・」

   「ひとつひとつのサイズが小さめですので、よかったら全部どうぞ」

   伊吹の言葉に促され、悟も克己もケーキに手を伸ばす。
   それからが大賑わいで、ふたりは一口食べる毎に感想を言い合うのだ。

   「うまっ!この生地のしっとり感、堪んねぇ〜」

   「あ、バタークリームだ。懐かしい」

   まるで画廊ではなくケーキ屋のようになっているが
   恋人の作ったケーキに感嘆の声を漏らされるのは嬉しい。

   ケーキのお陰というわけではないが、この日悟はもちろん
   克己も1枚絵を買ってくれた。


   「お疲れさん」

   悟と克己が帰り、画廊を閉めると伊吹は大和の待つ住居スペースへ。
   優しく抱き締めてそう言ってくれることが疲れを取る薬だと
   大和は知っているのだろうかと思う。

   「あ!思い出した」

   そして唐突に伊吹の頭に浮かんだのは、克己の正体。

   「どうしたんだ?」

   「今日ふらっと来た客のことだよ。藤代龍也の恋人だ」

   大和と会う前に夜の街で随分遊んでいた伊吹は
   ヤクザの友人がいることもあって何度も耳にしたことがある。
   関東でも特に力のある藤代組3代目の恋人は天使のような美貌を持つ男だと。

   「・・・ふ〜ん。それで、それは俺の作ったケーキを食べることより
   伊吹にとって大事なことなのか?」

   「全然!ケーキが大事!大和はもっと大事だけど」

   大和の言葉に伊吹は克己たちのことをぽいっと頭から捨てて
   テーブルに並んだケーキたちを輝いた目で見つめる。

   「ふたりが食べてる時に俺も食べたくって仕方なかったよ」

   そう言って伊吹は自分で食べたり、時々は大和に食べさせてもらったりと
   存分に堪能して満足気な笑みを浮かべた。

   「どれも美味しくって最高だった〜♪」

   「伊吹は本当に美味しそうに食べるよな」

   「だって本当に美味しいんだもん。
   売ってあるのより大和が俺の為って作ってくれるのが1番美味しい」

   「伊吹・・・キスしようか?」

   大和は伊吹の素直な言葉に、ありがとうと告げるよりも
   そう提案することを選んだ。

   もちろん伊吹は大賛成で、大和と唇を重ねた。


   「ん・・・大和・・・っ・・・好きっ」

   大和の首に回した腕にぎゅっと力を込めて
   揺すられる振動の中、伊吹が吐息とともに繰り返す睦言。

   「伊吹・・・もっと聞かせて」

   そう囁くと、一層甘い声を零してしがみ付いて来る伊吹に
   大和は愛しさを募らせて動きを早める。

   「あ、あぁ・・・っ、・・・・・・は、あ・・・んっ・・・!」

   「・・・・・・伊吹―――愛してる」

   伊吹は甘え上手なのだと思う。
   素直というより欲望に忠実で、しかしそれを自分だけに求めるというのなら
   大和は幾らでも応えようと心に決めているのだ。



   おまけ

   「おいしかったね、ケーキ」

   「ああ。でもまさか克己と会うなんてな」

   「本当。そう言えば何処かで食べた味に似てると思ったんだけど」

   「俺も思った。最近なんだよな〜」

   「「クラシックホテル!」」

   「だよな。この前、飛島が買って来たんだよ」

   「僕は皇紀くんにお土産でもらったかな」

   「今度一緒に行くか?」

   「うん、是非」


   End



Message

サイト5周年、おめでとうございます!
本当に1年が早いですね(笑)
甘いケーキのようなお話がお贈り出来ていればいいなと思っています。
これからも浅葱ワールドの素敵なお話を楽しみにしていますね♪
2008.2         皐月





サイト開設5周年記念に、「wish」の皐月様から頂きました。

大和のケーキが食べたいっ!と騒いでおりましたら
こんなに甘アマなお話を頂いてしまいました。
本当におなかいっぱいになりました!
皐月様、いつもありがとうございます!

                        2008.02.16.  小早川浅葱


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「wish」 皐月様


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