ホワイトデー、あなたの気持ち、感謝の気持ち


「はぁ〜…」
手のひらには、小さな四角い箱がちょこんと乗っていて。
それを見つめながら、綱吉は本日数十回目のため息をついた。



(全く…俺ってば、何やってるんだろう…?)
流石に3月も半ばになれば陽が沈むのは随分と遅くなってきて、そろそろ5時を過ぎようかという頃だが、まだ太陽は西の空に姿を残していた。
といっても、早春の風はかなり冷たい。
綱吉はブルっと震えると、まるで暖を取るようにうろうろと歩き始めた。
「うーん、やっぱ、寒いな。早く渡して帰りたいよ〜」
そう言いながらも、そこから先にはなかなか足が進まない。
それどころか、
(大体、こんな廃墟に住んでるってどういうことだよ。もっとちゃんとしたところにすればいいのに!)
そんな理不尽ともいえる不満を思うが、それも口に出しては言えなかった。
確かにそこは今となっては昔の面影を少しも残さない廃墟となった場所ではあるが、そのことが怖いとか言うわけではない。
寧ろ、ここに相手が居ることは判っているから、怖いどころか心強いくらいで。
しかし、
「大体…なんで今日に限って迎えに来ないんだよ。おかげで、ここまで持ってくることになったじゃないか!」
そう怒ってはみるが ―― 何度も言うように、肝心の相手はこの奥の建物の中である。
そう、今日はホワイトデーだったから。
我ながら律儀だと思いつつも、バレンタインのお返しにとわざわざクッキーを買って、用意してやっていたのである。
渡すのは、いつも朝迎えにくるからそのときでいいかと思って。
朝は都合が悪ければ、帰りに迎えに来たときでもいいかと思って。
それが、この日に限っては朝も帰りも迎えに来なかったのだ。
あの六道骸が ――



「あいつ、何やってんれすかねぇ?」
「さぁ…何でしょうね?」
舌足らずな口調で犬が呟くと、骸はクフフと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
骸と犬と千種の三人がアジトとしている黒曜センターの門の前で、もう長いこと綱吉がうろうろと行ったり来たりを繰り返している。
最初にそれに気が付いたのは千種で、すぐに思い当たって骸に知らせたのだが ―― 肝心の骸はクフフと笑うだけで見ているだけだった。
そう、今日はホワイトデー。
日本独特のもので、イタリアにはなかったからあまり気にしていなかったのだが、それでももしかしたらと思わなかったわけではない。
だからちょっとした悪戯心でこの日に限って朝も帰りも迎えに行くことをしないでいたら ――
まさかここまで来てくれただなんて、思いもしなかったのである。おかげであまりにも嬉しくなってしまって ―― つい意地悪したくなったのだ。
と言っても、何もそんなにヒドイコトをしているわけではない。
ただ単に、外に出ないで見ているだけ ―― だ。
ただ、
「ねぇねぇ、骸さーん。アイツの持ってるあの箱から、すっごくフルーティな匂いがしてますよ〜。絶対、食い物れすねぇ」
綱吉が門の前にいるから千種が買い物に行けず、そのために今日のおやつはまだになっている犬が物欲しそうに指を咥えて呟いている。
それを、やはりクフフと笑いながら、
「犬の鼻は流石ですね。ええ、恐らくそうでしょう。でも、無理矢理取ったりしてはいけませんよ」
そう嗜めると、オアヅケの犬は大人しくしながらも退屈そうだ。
「えーだめれすかぁ〜。俺、ひもじぃれすよぉ〜」
そう言ってゴロゴロと床に転がる姿は、まさにイヌが主に構って欲しくて甘えているようで。
「クフフ…仕方がないですね。では、本当は夕飯の後にあげようと思っていたんですが、先に犬には僕からのホワイトデーのクッキーをあげましょう。ちゃんと千種と分けるんですよ」
「ひゃーい。あ、骸さんも食べますかぁ?」
「いいえ、僕はいいです」
途端に元気になった犬に、骸はクフフと笑いながら、
「僕は…もうちょっと待ってみましょうか。彼がここまで持ってきてくれるのを」
そう呟くと、再び窓のそとの綱吉を楽しそうに見続けていた。


初出:2007.03.11.
改訂:2014.08.02.

ぐらんふくやかふぇ