新しい環境でも、あなたがいるなら大丈夫


イヤだイヤだと言い続けた10年だったが、結局はこうなるものと決まっていたようだ。
沢田綱吉の ―― ボンゴレ・ファミリーのボス、10代目就任である。



最初はまだ中学生だからといって逃げてきたものの、流石に大学院まで卒業してしまっては学業を理由にはできない。
しかも、元々自分の祖父の年代になる9代目に、「そろそろ若い者に跡を譲って、隠居したい」などと言われ、それでもイヤだというほどの薄情さは綱吉にはなかった。
勿論、某家庭教師の半ば 脅迫紛いな強制があったのもいうまでもない。
だからといって結局引き受けてしまうところは ―― やはり人の良すぎるところは変わりないというところで、
「はぁ〜、全く。何で引き受けちゃったかな。俺ってば何やってるんだろう…」
そう落ち込んでも、既に今更である。
とはいえ、側近は10年来の守護者で固められているのだ。中でも雲雀や了平といった年長組は一足先にマフィア入りしているし、獄寺や山本も今回一緒にイタリアに来ることになっている。
本来はボヴィーノ・ファミリーであるはずのランボも、綱吉の10代目就任にあわせてボンゴレに移籍することになっていたし、当然、リボーンやコロネロといったアルコパレーノの数名も一緒である。
その上、兄弟子であるディーノ率いるキャバッローネとも友好関係は良好であるし、トマゾ・ファミリーともまぁそれなりであるし、今のところはマフィア間の抗争も目立ってはないというところだから問題はないはずである。
しかし、
「俺にマフィアのボスなんて、絶対無理だよ〜っ!」
それでもやっぱり、これからの生活に不安がないとは言い切れない。
だから与えられたやたらと広い執務室に篭ると、綱吉は部屋の隅に蹲って頭を抱えていた。
折角のスーツが皺になろうが、セットした頭が寝起きのようになろうが、知ったことではない。
ところが、
「全く君という人は…相変わらず面白いですね」
クフフという独特の含み笑いと共に、聞き覚えのある声が舞い降りてきた。
「え? 骸っ!?」
見上げればそこには、今回も唯一消息がつかめなかったはずの霧の守護者の姿があって。
綱吉は信じられないというように、大きな目を見開いた。



ボンゴレ・ファミリーの本拠地はイタリアである。
当然、ボスともなれば今後の生活はイタリアが中心となる。
そのため側近となった他の守護者達もイタリアに渡ることになったのだが、その中で霧の守護者である六道 骸だけがイタリア入りに問題があった。
その昔、多くのマフィアを壊滅させたのは紛れもない事実であり、幾ら暗黒界の頂点に立つボンゴレといえども ―― いや、それゆえに ―― その罪を不問にするにはリスクが大きすぎた。
流石に霧の守護者となっているために表立っての批判はないものの、未だに恨みを持っている者が居ないとはいえないし、信用という面からでは恐ろしく低いことは言うまでもない。
第一、骸は綱吉以上にマフィアを嫌っているということが公然と知れ渡っているため ―― 昔のことを知っている長老クラスのボス達からは、露骨に阻害視されているのも事実である。
それどころか、ある意味では、ボスとなった綱吉以上に暗殺のターゲットになりかねない骸である。だからイタリアに来るときにも、わざと声をかけなかったはずだった。
それなのに、
「な…んで、お前がここに…?」
「なんで?とは酷いですね。僕も一応、君の守護者ですよ。ボスについていくのは当然のことだと思いますが?」
「でもっ! お前、マフィアは嫌いだって言ってたし…それに…」
「ええ、マフィアは嫌いです。でも、それは君も同じでしょう?」
そう言って膝を付き、綱吉の手をそっと取った。
「大丈夫ですよ。君が居る場所であれば、僕は平気です。だから君も、僕が居れば大丈夫です」
その途端、今まで不安に支配されていた心がふっと軽くなり、チュっと手の甲に口付けする横顔を安心して見つめた。
(汚いことは全部僕にお任せなさい。君は、いつまでも君であり続けてくれればいいんですよ)
絶対に声には出さない思いであっても、それは確かに綱吉の心に届いていた。



「…判ったよ。じゃあ、命令だ。絶対に俺に断りなく消えたりするなよ」
「Si, capo…」


初出:2007.04.08.
改訂:2014.08.02.

ぐらんふくやかふぇ