雨の日に、二人でずっと部屋にいるのも悪くない


「おはようございます、沢田綱吉君。折角の良いお天気ですから、ちょっと散歩でもしませんか?」
気がつくと、聞こえてきたのは雨の音でした。
僕は漸く纏った書類を手に取ると、決済を仰ぐために上司の部屋に向かいました。



―― ザッー…



夜中から降りだした雨は、一日の半分を過ぎてもまだ止む気配がありません。
大雨というわけではありませんが、小雨ともいえない量です。それにこの辺りは殆どの地面が石畳か舗装になっているので、尚のこと雨の音が響いているようです。
申し訳程度に植えられた植栽の葉にも雨粒は落ちていますが、それはそれでパラパラと嘲笑うかのような音を立てているので、耳障りです。
ええ、僕は ―― 雨は嫌いです。
情け容赦なくこの身に降り注ぎ、体温を奪って惨めさを曝け出す。
冷たい雨なら、尚のこと嫌いですね。



―― トントン
「ボンゴレ、報告書です」



重厚なドアを開けると、そこには大空の象徴がいました。
ボンゴレは何を考えているのでしょうね?
僕にはわからないことですが、なにやらぼーっと外を眺めているようです。
「ボンゴレ?」
「あ、ゴメン。久々の雨だから…ちょっと見入っちゃってた」
確かに。このイタリアの地では、雨は余り降りません。
気温はそんなに変わりませんが。圧倒的に湿度には違いが大きいのです。
ボンゴレが、かつて暮らしていた東の島国とは。
「日本では…そろそろ梅雨入りなんだろうな」
「…そうですね」
「恵みの雨だね。草木にはいい潤いだし…埃っぽさも洗ってくれてるみたいだ」
そう言ってボンゴレが窓を開けると、確かに空気には雨の匂いがついていました。



「たまにはいいな、こういう雨も」
(僕は嫌いですけれどね)
「なんか洗われた気分になるし、潤った気分になる」
(濡れそぼってしまえば、ただみすぼらしさが増すだけですよ?)



珍しく、ボンゴレの言うことが素直に僕には届かなかったのですが ――



「それに…部屋に閉じこもっていても誰にも咎められないしね」
「え?」



大地に染み込む事を許されない天の涙は、表層だけを濡らしてどこかへ流れていっています。
表層の穢れを溶かして、別の場所へと流していく。
尤も、その涙だって排気ガスや粉塵に汚染されているから、決してキレイとはいえないのですけれどね。
どちらにしても、雨が穢れを落とすなんていうのは嘘八百です。
だって、その落とした穢れはどこに行くというんです?
大地に染み込むなら、大地はやがて腐ってしまいます。
海に行き着くというのなら、海は穢れの貯水池です。
本当の穢れは雨なんかでは流れません。
だから、僕は雨に濡れるのは嫌いなのですが ――



「骸ってさ、水が嫌いな猫みたいだよね。キレイ好きなくせに、濡れるのはイヤって感じで」
「…猫、ですか」
「そうそう。で、埃っぽい外も嫌いでさ。だから、雨の日なんかは窓からこうやって外を眺めて、外がキレイになるのを待ってる、みたいにさ」



そんなことでは、世界がキレイにならないことは判ってますよ。
それよりも、一番汚れているのはこの僕 ―― ですからね。
でも、貴方がそういうのなら。



「そうですね。たまにはこんな風に…ゆっくり雨を眺めるのもいいかもしれません」



そう、貴方がそういうのなら。
一緒に、ここから世界が洗われるのを見ているのも悪くないですね。


初出:2007.06.03.
改訂:2014.08.02.

ぐらんふくやかふぇ