05.掃除当番は守りましょう


日本でのアジトとした洋館は、「古い」と言うには語弊があった。
実際に建てられたのは今から10年ほど前であるから、建築物としては「古い」とは言いがたい。
イタリアには、それこそ数100年単位の建物など、いくらでもある。
だが、暫く人の手を離れていたために、その荒廃ぶりは見事なくらいだ。
しかも、4人で暮らすには少々持て余すほどに、広い。
そのため、各個人の部屋の掃除はそれぞれがすることにして、共通の場所 ―― 例えばキッチンとかリビング、階段など ―― は、分担を決めてすることになったのだが…



1. 骸の場合
「僕の担当は、リビングですね」
クフフといつもの笑みを浮かべながら部屋に入れば、そこはまた、まさにお化け屋敷のような雰囲気だった。
破れたカーテン、埃の被った家具、割れた花瓶、傾いた誰かの肖像絵 ―― 。
「これはまた…なんともムードがありますね」
外は雲ひとつない晴天だと言うのに、この部屋はどんよりと薄暗くて空気も澱んでいた。
まさに、Una casa infestata dagli spettri !
そう思うと、それを壊すのは少々惜しい気がしてきたらしい。
尤も、最初から掃除をする気があったのか?と聞かれれば、それは微妙なところである。
その証拠に、骸は掃除道具も持ってきてはいないし、着ている服も、お気に入りの制服なのだから。
そして、
「どうせなら、もう少し手を加えましょうか? 頭の上にシャンデリアが落ちてくるなんていうのも…ありきたりですかね?」
すっかり違う方向へ興味が行ってしまったらしい。



2. 千種の場合
「…階段…」
そう呟いて見上げれば、千種の視界にはゆるやかな螺旋を描いた階段が姿を現していた。
ここがまだ人の住む場所であったころには、さぞかし綺麗であったろうと思える。
まるで映画に出てくる豪邸にでも出てきそうなデザインで、それこそレッドカーペットが似合っていたことだろう。
しかし、今はそんな姿を想像するのも哀れなほどだ。
というか、上がっても大丈夫なのか?と思えるほどに、腐敗が進んでいる。
「…面倒だな」
そんな様子を下から見上げて千種はそうポツリと呟くと、何を思ったのかじっと階段の一点を見つめていた。
全体的に埃や割れたガラス、それに外から入ってきた砂や枯葉が落ちているが、ある一箇所だけはそういったものが堆積していなかった。
正確に言えば、一つのルートだけ、が。
恐らく、自分達が無意識に通っている「道筋」なのだろう。
そこを何気に指で触れてみて ――
「…埃、ないから、いいね」
それだけ確認すると、とっとと自分の部屋に戻ってしまった。



3. 犬の場合
「台所だっびょん♪」
まるでスキップでもするようにキッチンにやって来た犬は、何処から手をつけようかと見回しながら、まず冷蔵庫を開けてみた。
「牛乳、発見―っ!」
朝食の残りの牛乳を発見すると、そのままごくごくと飲み干した。
そして、空になったパックをゴミ箱にシュートして、とりあえず、近くの戸棚を手当たり次第開けてみる。
「あ、食い物発見−っ!」
「何れすか、これ…酒? うげっ、マジぃ」
「こっちは…あー、コレ。この前柿ピーがくれなかったガムら!」
「うぷっ…ふるーてぃな果物…骸さんには内緒だびょん」



「あー食った、食った…って、何しに来たんらっけ?」



「…で、こうなるわけだな」
終わったと聞いて確認にまわったランチアは、まぁそんなところだろうと諦めつつも、思い切りため息をついていた。
確か、「コレだけ広いと大変だから、分担しましょう」と言ったのが骸だったとか。
「俺もお手伝いしたいれすっ!」と諸手を挙げてやる気満々だったのが犬だったとか。
(まぁ、千種は…最初から面倒そうな顔していたのも確かだが)
その時点で、既に期待はしていなかったのだが…それにしても。
「全くあいつらは…掃除ってものを判ってるのか?」
やはり一度きちんと話さなくてはと思いつつ、それさえもどこか諦めて黙々と片づけに取り掛かることにした。


初出:2007.06.24.
改訂:2014.08.02.

ぐらんふくやかふぇ