気まぐれなんかじゃないですよ


研究所を脱走すれば、当然のように追手を差し向けられた。
最初は、明らかに下っ端と思えるチンピラ風情が2、3人。
研究所では俺達を使って生体実験をしていたということを聞いていたとしても、所詮は没落したファミリーの子供だからと甘く見ていたのだろう。


彼らはきっと、自分達がどうやって命を落とすことになったのかも知らずに、死んでいったことだろう。


そして、その次に差し向けられたのは、やはり似たようなチンピラ風情が5、6人。
でもそれも前と同じような末路を辿ったのは言うまでもない。


そんなことを何度も繰り返されていくうちに、追手の格は少しずつ上昇し、人数もはるかに増えていった。
でも ―― それでも結果は同じだ。
襲い掛かってくる大人達の半分にも満たない人生であっても、彼らと俺達とでは生きてきた環境が余りにも違いすぎた。



最初から、俺や犬は「人」ではなかった。
そこにある「モノ」を壊すための「道具」。
大人達が自分達の野望を満たすためだけの、「道具」だから ―― 。


そんな、壊れてしまったら捨てられてしまうだけの「道具」でしかなかった俺達に、初めて「居場所」をくれたのは骸様だけだった。



『一緒に来ますか?』



骸様だけが、俺達の「意思」を聞いてくれた。
だから、「否」なんて思えなかった。
それに、他にも「道具」だった子供は沢山いたのに、骸様が声をかけてくれたのは俺と犬だけだったから。


一人でも世界を容易く壊せてしまえそうなほどに強い骸様に、「誰か」が必要だなんて思えない。
だから、「選ばれた」なんて思うのはおこがましいだろう。
あの時一番にかけつけたのが俺と犬だったからに過ぎなくて。
だから、俺や犬を連れてくれたのが、骸様の「気まぐれ」に過ぎなくても ―― と。


そんなことを思っていたら…


「おやおや…千種はもうちょっとお利口さんかと思っていたんですけれどねぇ」
「 ―― !」
いつの間にか骸様が目の前に立っていたから、吃驚して息を呑んだ。
「気まぐれとは酷いですね。そんなに僕は信用がないですか?」
「いえ、そんな…っ」
まさか俺が考えていたことを見抜かれていたとは思わなかったから、恥ずかしくて目をそらしてしまったけれど ―― そんな俺の慌てる姿も、骸様には面白くて仕方がないらしい。
クフフと目を細めて笑うと、そっと骸様の手が頬に触れた。
「千種と犬を選んだのは、気まぐれなんかじゃないですよ」
「骸様…」
「二人は僕にとってはとても大事な存在です。もっと自信を持ってくださいね」



気まぐれだったのは、この人間界で「生きて」いること。
あなた達がいなければ、そんな気まぐれもきっと起きなかったんでしょう ―― と。


そんな骸の声は聞こえなくても、千種にはこの「居場所」があれば、十分だった。


初出:2007.04.15.
改訂:2014.08.02.

Studio Blue Moon