洒涙雨


今年の七夕は、朝から酷い土砂降りだった。
まぁ考えてみれば、七夕って結構雨の年って多いよな。っていうか、晴れたほうが少ない気がするよ。
何せ丁度梅雨の真っ只中なんだから仕方がないって言えばその通りだと思うし、別に星が好きってわけでもないから、見えないなら「あ、そうか」って位にしか思わない。
だけど、
「雨降り…残念」
「ランボさん、いーっぱい飾り作ったのに…」
余程楽しみにしていたらしいイーピンとランボが残念そうに雨雲を見上げているのは、ちょっと可哀想な気もする。
あ、でもちょっと待った。確かそう言えば、昔、母さんに読んでもらった絵本にあったっけ。
雨が降ると天の川が増水して織姫と彦星は川を渡れないけど、見かねたカササギが橋の変わりになってくれるって。
だから、七夕の雨のことを ――
「洒涙雨(さいるいう)と言うんですよ」
そんな声が聞こえてきたのは、土砂降りの窓の外だった。



「骸っ!?」
外は土砂降りの雨だというのに、骸はニッコリと微笑んで立っていた。
「何やってんだよ、ずぶぬれじゃないか!」
慌てて窓を開けて怒鳴ってみれば、当の骸はいつもと変わらない笑みで俺を見ていた。
「ええ、そうですね」
「そうですねって、まったく、何やってんだよ。もう早く中に入れって」
「いえ、いいです。ここまで濡れてしまっていたら、雨もあまり気になりませんから」
「気にならないって、俺が気になるよ!」
「それは済みませんね」
慌てる俺に相反して、骸の方は全く気にしてないみたいだ。
全く、いつも何考えてるか判らないヤツだけど、今日は更に酷いんじゃないか? 
蒼い髪や制服の裾からもぽたぽたと雫が落ちているのが見えているし、ホントに、いつからそこにいたんだよっ!て問い詰めたくなる。
でも、骸のヤツはそこから動く気はないようで。
だったら ―― と
「とにかく中に…ああ、もう、待ってろ。今、傘を持って…」
俺が傘を持って外に出ようとしたら、
「行かないで下さい、ボンゴレ」
泣きそうな声が聞こえてきた。



「そこにいてください。あと少しだけでいいですから」
「骸?」
蒼い髪から落ちた雫が、キレイな頬にも滑っている。
なんだか、そう…
「一年に一回の逢瀬なんて…ステキですね」
「骸…?」
「だから、七夕にあやかってみたのですが…」
あと少し、お互いが手を伸ばさなければ届かないというギリギリのところで、不意に立ち止まった。
そして、
「やはり、幻覚では触れませんね」
そう呟くと、まるで雨の中に溶けてしまう様に、骸の姿は消えてしまった。



洒涙雨 ―― 涙を注ぐ雨。
それは、逢えない事を嘆く雨とも、逢えた2人の惜別を見立てているとも言われる雨。



「何だよ。どうせ来るなら、もっとゆっくりしていけばいいじゃないか」
どちらにしても泣くのなら、せめて逢えたほうがいいのかもしれないけれど ―― 別れる寂しさは、やっぱり胸に痛いよ。


初出:2007.07.07.
改訂:2014.08.02.

Silverry moon light