Proclamation


闇にまぎれるようにバルコニーに降り立つと、俺は開け放たれた窓からそっと室内へと入っていった。
広さだけは相棒や城之内君の部屋とは比べ物にならないが、およそ無駄なものが一切ないため閑散と、荒涼とした寒気さえ感じさせる。
『なんか…寂しい部屋だね』
やはり好奇心からか、そっと心の部屋から覗きに来た相棒が呟いた。
「ああ、意外だな。もっと派手かと思った」
相棒に言わせれば、ヤツは世界に名だたる海馬コーポレーションの総帥である。いくらでも豪奢な生活はできるだろうに。
『そうかな? 案外、海馬君らしいと思うけどね』
「そうか?」
『うん、ストイックっいうの? 海馬くんって、なんか物欲とかってなさそうだもん』
確かにそんな面があるな。そういえば、海馬が欲しがったもので俺が知っているのは ――
そう思い出したそのとき ――
―― グゥルルル…
低い威嚇の唸り声とともに、三体の神獣が姿を現した。



海馬と相棒は同じ学校の同じクラスではあったが、殆ど話などはしたことがなかった。
相手は高校生ながら海馬コーポレーションの社長という多忙の身である。よくて週に一度の登校で、登校しても一日いたためしがないというほどである。
それが、偶然、相棒の爺さんが経営している店に海馬が姿を現し、そこにあった一枚のカードを巡ってバトルになった。もちろんそのバトルでも俺が勝ち、罰ゲームとして「死の体感」を食らわせてやった。
そして今回は ―― 海馬が俺を倒すために計画した「DEATH-T」。
ヤツはここで相棒の爺さんを瀕死に追いやっただけではなく、あのブルーアイズのカードを破り去ったのだ。
その見返りは ―― 「MIND-CRUSH」。心を破壊して再構築させる、己との試練だ。
そしてそれきり、海馬が姿を見せることはなかった。
しかし俺には何故か、海馬のことが気にかかっていた。
今まで俺が「罰ゲーム」を与えた人間なら、それこそ両手に数え切れないほどいるのは事実だ。それなのに、何故か ―― 。
『行ってみようよ、気になるんでしょ?』
優しい相棒は、何度か病院へ海馬の見舞い行っていた。あいにく俺は心の部屋から出る気はなかったが。
しかし、特に治療の見込みもないと判断された海馬が自宅療養になったというその日、相棒はたまりかねたようにそう言いいだした。
だから、夜陰に紛れて逢う位ならときたのだが、そこに待っていたのは ――
「ブルーアイズ…ホワイト・ドラゴン」
三体の神獣は俺に気付くとゆっくりと首を持ち上げた。



『流石は王(ファラオ)…我が結界によくぞ参られた』
頭の中に直接響く声 ―― むしろ思念というべきか。それにはどこか安堵の気配を感じさせていた。
「これ…ブルーアイズの声なの?」
上も下も、右も左もわからない暗黒の世界で、いつしか実体化していた俺と相棒は、三体のブルーアイズに向かい合っていた。
「そうらしいな、ここは、お前の結界だといったな?」
俺の問にブルーアイズが答える。
『いかにも、我が主の王よ』
三体のブルーアイズは、ひれ伏すように首を下ろすと静かに羽を閉じた。
「何故、お前が海馬を守る? アイツはお前のカードを…」
『あれに我は棲んではおらぬ。我が宿りしは主の所有するもののみ』
なるほどな、相変わらずの飼い主絶対主義だ。
ふとそう思って ―― ハッと我に返った。
相変わらずとは ―― 俺はコイツを、コイツの主を知っている?
一方で、相棒も別の視点から、ブルーアイズが俺を知っているということに気が付いたらしい。
「ファラオって…もう一人のボクのこと? ブルーアイズはもう一人のボクを知ってるの?」
その問いに答えたブルーアイズの思念に、落胆の色が浮かぶのを俺は見逃さなかった。
『…千年パズルに封印されし者。やはり、記憶を失っておいでか…』
三体のブルーアイズ、しかし、それぞれ性格は異なるらしい。一つはただ静かに現実を認め、一つは悲しみに眼を伏せ、そしてもう一つは ―― 怒りに内震えていた。
『やはりな…そうでなくては、王が主を闇になど落とすはずもない』
「お前の主とは、海馬のことか? ヤツはどこにいる?」
『この先の闇の中に。だが ―― 』
三体のブルーアイズは、むっくりと起き上がると、まるで立ちはだかるように翼を広げた。
『ここから先は、例え王といえども通すわけには行かぬ』
「何?」
『記憶がないのなら尚のこと。我が主は、未だ時の呪縛から放たれてはおらぬ』
「何のことだ? ブルーアイズ」
『今の主は、「セト」ではない』
その名前に、俺の胸に激しい痛みが突き刺さった。
「瀬人」ではなく、「セト」。
その名前を、俺が知らないはずが ―― 忘れるはずがない。
「どうしたの? もう一人のボク? ねえっ!」
突然黙り込む俺に驚き、相棒が俺の身体をゆするようにして問い詰める。
しかし、
「セトは…俺のものだ」
その瞬間 ―― 俺の意識は海馬の中へと堕ちて行った。



そこには時間の感覚すらない「闇」が巣食っていた。
恐ろしいほどの闇 ―― その質量に押しつぶされそうなほどの暗黒の世界。
だが、俺にだけはその先に待っている存在に気が付いていた。
「いた ―― 」
闇に蹂躙された白い身体。どんな漆黒の闇でもその輝きだけは損なわれてはいない。まるで、闇夜を照らし出す月のように。
「返せ、それは俺のものだ」
白い身体を嬲っていた闇が、ゆらりと蠢いた。
―― これは、我へと捧げられた贄。例えそなたといえども奪うことは適わぬ
「黙れ。聞こえなかったのか? 俺のものだといったはずだ」
―― 1度ならずと手放したものが何を言う? これの嘆きを知らぬとは言わせぬぞ。
手放しただと? 何をふざけたことを ――
しかし、そう思った瞬間に流れ込んできたビジョンに、俺は言葉を失った。
焼け付く太陽が砂漠の果てに沈む国で、金の錫杖で自らの胸を貫き、血の海に沈む姿を ――
凍てつく木枯らしが吹き荒れる北の大地で、俺を庇って数え切れないほどの矢を受け、ゆっくりと倒れていく姿を ――
何度めぐり合っても決して手に入らない、孤高の月のように気高い佳人の姿とその名前を。
―― 思いだしたか? 数限りないこれの死に様を。これはそなたの魂と引き換えに闇に喰われる運命を受け入れた。それゆえに何度と生まれ変わっても、その生を全うすることは適わぬ。ククッ…まさか今回は、そなたがこれを我が元に堕とすとは思わなんだがな…。
くぐもった邪悪な哄笑に俺の気が逆撫でられる。
「違う! 誰が貴様などに大事な俺の妃を喰わせるか!」
ピクリと、それまで死んだように動かなかった白い身体が、かすかに震えた。
「セト、オレの声が聞こえるな? お前はオレのもの。オレの手を取れ!」
その瞬間 ―― まばゆいばかりの閃光が闇を引き裂き、ブルーアイズ・アルティメットドラゴンが降臨していた。



「大丈夫? もう1人の…ボク?」
再び闇に戻った俺の前には心配そうに手をかける、相棒の姿があった。
「ああ…セトは?」
「海馬君なら…」
相棒が向けた視線の先には ―― 三体のブルーアイズに守られた海馬の姿。まるで雛を護る親鳥だ。
憔悴しきった身体を癒すように優しく包み、それでいて俺への威嚇は失わない。
『今は ―― 礼を言う。だが、主を守るのは我らのみ』
「いいぜ、それで。悪いが俺にはそいつを護ることはできない」
意外な答えに驚いたのか、三体のブルーアイズは鎌首を持ち上げた。無論、相棒もビックリした目を向けている。
今にもバーストストリームを撃ってきそうなピリピリとした緊張感は、まるでデュエルをしているときと代わらない。
ゾクゾクとした高揚感、忘れていたこの感覚。
そして、


「俺ができるのは、そいつを奪うことだけだ」






Fin.

社長がブルーアイズのカードを破いた理由を書きたいな〜
と思っていたのですが…肝心なところが抜けてるじゃん!というヤツです。
だって、トゥーンにされただけでも葬っちゃうっていう社長ですからね。
ブルーアイズが棲んでない=マガイモノということで、速攻削除!

しかしこの調子では…王・闇バク・セトの3角関係の予定でしたが、
ブルーアイズ×3も挑戦者として立候補かもしれません。


初出:2003.09.24.
改訂:2014.09.06.

evergreen