Rebirth


深夜の海馬コーポレーションビル ――
全ての明かりが落とされたそのビルの最上階にある社長室で、俺は天空に浮かぶ月をただ眺めていた。
本来であれば、南天には幾百の星が過去の光を伝える季節であるが、血のように朱い満月によって、その輝きはいつもの数分の一にまで貶められている。
地上と同じ光景だな。
どんなに輝こうと足掻いて見せても、自分より一際輝くものがただ一人でもいれば、その輝きは哀れな虚飾にしかならないということだ。
そんなことを感じて ―― ふっと自嘲を浮かべる。
やはり疲れているのかもしれない。
ここ数日、某国の政治不安の煽りを受けて株価が暴落している。その程度で倒れる海馬グループではないが、多少のリスクは背負わされる羽目になった。
おかげでもう一週間もこのビルから外に出ていないし、その間の睡眠時間も10時間を切っている。
もちろん、一週間の合計でだ。
そういえばきちんとした食事も最後にとったのは3日前、モクバがあまりにも心配するので一緒にとここに運ばせたのが最後だ。
それからは 栄養補給のサプリメントくらいしか口にしていない気がする。
まぁこの程度で体を壊すほど柔にはできていない。
しかし、やっと仕事が一段落したにもかかわらず、ここから動きたくないのも事実だった。
正確には ―― 動くのも面倒だということだが。
さて、どうしたものか ―― ?
だが、帰らなければモクバが心配するだろう。
ようやく決心して席を立った ―― その時だった。
「あ〜やっぱり、まだいたんだ」
能天気な声が暗い室内に流れ込んできた。
「仕事、終わったんだろ? だったら、さっさと帰ろうぜ」
「…何故、貴様がここにいる?」
「あん? お迎えに来てやったんだよ。王子様はお仕事でお疲れモードだから、ナイト様がわざわざ、な」
「戯けたことを…」
そう言いながら、俺はその道化の横を通り過ぎようとし ―― 不意に腕を掴まれた。
「…お前、メシもろくに食ってないだろ?」
こういうところだけは妙に聡いヤツだ。
「栄養補給はしていた」
「そうじゃなくて、ちゃんとしたメシだよ! ったく、食いもンには不自由しないんだから、ちゃんと食えよな。これ以上痩せたら、抱き心地が悪くなるだろ」
「なっ…何をふざけたことを…」
カッとなって振り解こうとした隙に、腕を引っ張られてそのまま抱きしめられる。
一週間ぶりの温もりに不覚にも反応が遅れて、気が付けばそのまま唇を奪われていた。
「ん…馬鹿者、ここを何処だと…」
「気にするなよ。俺とお前しかいないんだから」
…まぁそれもそうだ。
「遭いたかったんだ…一週間も遭えなくて、気が狂いそうだった」
城之内の声が麻薬のように心に染み入る。
遭いたかったのは俺もだ。
その言葉を隠すように、今度は俺からヤツの唇に重ねていった。



オフィスラブはあと10年もしたら考えるとして、俺は城之内に引っ張られるように地下の駐車場に降りた。
しかし、
「迎えに来たと言っていなかったか?」
駐車場にはどう見ても車は一台 ―― 俺の車しかないように思える。
「そうだぜ、何かヘンか?」
「…貴様、どうやってここまで来た?」
「この足で走ってきたに決まってるだろ!」
馬鹿かこいつは? コイツのボロアパートからここまで何キロあると思ってるんだ? ああ、だから体力馬鹿だって言われるんだ。
そう俺が思い切りため息をつくと、
「あ、お前、今絶対『馬鹿だ』って思っただろ!」
よく判ったな、その推察力だけは誉めてやろう。
「しょーがないだろ! バイトの給料前で金がなかったからタクシーなんか拾えないし、本田にバイクを借りようかとも思ったけど、お前は絶対に俺が運転するバイクには乗ってくれないし」
あたりまえだ。この俺が、貴様のバイクの後ろになど乗れるか。そこまで人生を捨ててはおらんわ。
まぁ凡骨は凡骨なりに考えたと言うわけか。ツメの甘い奴だ。モクバ辺りに頼んで、誰かに車を出させればいいものを。道理で服が汚れているとは思ったのだがな。
しかし、ということは ――
「まぁいい。早く乗れ。帰るぞ」
つべこべ言っていても仕方がない。俺はさっさと運転席に着くと、エンジンをかけた。
「お、お手柔らかにお願いしま〜す」
俺の運転はかなり荒いらしい。特にこの凡骨を乗せているときとモクバを乗せている時では雲泥の差があるとか。
「早く帰りたいんだ。文句はないな?」
「だから、ほどほどに、な」
「…覚えていたらな」
―― BRRRR
低いエンジンノイズとともにタイヤが軋んでゴムの焼ける臭いが鼻につく。慌てて助手席にヤツが乗り込むと、シートベルトをつける間もなく俺は車を走らせた。



屋敷に着いた頃は、既に日付は翌日に変わっていた。
「あ〜死ぬかと思った」
ほうほうの体で車から降りた城之内は一目見ただけでも判るほどの冷や汗を掻いている。
「先にシャワーでもして来い。俺はモクバを見てくる」
「あ、ああ、判った」
既に何度か来ているためもう迷子になることはないとは思うが、一応俺の部屋までは一緒に上がってくる。
その部屋の前で一度別れると、俺は向かいのモクバの部屋に入った。
「モクバ、もう寝たのか?」
明かりを消された部屋の奥、一人で寝るにはやや大きすぎるベッドの上で、モクバは安らかな寝息を立てている。
幼子のようにうずくまって眠る姿が愛しくて、布団を掛けなおしてやると、
「ん…あ、兄様、おかえりなさい」
モクバは少し寝ぼけて、舌足らずな口調で微笑み返してきた。
「ああ、今帰った。悪かったな、心配を掛けて」
「ううん、俺の方こそ何の役にも立てなくて…」
ふっと寂しげに微笑むモクバの前髪をかきあげて、その額に口付ける。
「そんなことはない。そうだな、明日の朝一の株式チェックを頼めるか? 流石に疲れたから、明日は少しゆっくりしたいと思うんだが」
「え? あ、いいよ。兄様はゆっくり寝ててよ」
パッと明るい表情を見せるモクバに、俺の疲れた心は充分癒された。
「では頼む。起こして悪かったな」
「ううん、おやすみなさい、兄様」
「おやすみ」
そっとドアを閉めるとそのまま自分の部屋へとむかった。



バスルームから出てくると、俺は城之内に抱きすくめられていた。
「やっぱり痩せたじゃないか。大丈夫なのか?」
バスローブ一枚の俺を背中から抱きしめただけで、何故そんなことが判るのかが不思議だ。
「大丈夫ではない ―― といったら、帰るのか?」
「帰らない」
「なら聞くな」
そう言うや否や、ふわりと抱き上げられてそのままベッドに押し倒された。
「お前が無茶ばかりするから…」
ギャンブルデッキと言われているこいつにだけは言われたくない。
「学校には来ないし連絡は取れないし、心配したぜ、マジで」
「…そうか」
バスローブの紐を解き、城之内の手が俺の胸元に滑り込んでくる。
馬鹿で単細胞で凡骨だが、この行為だけはいつも勝てない。
耳朶を甘噛みされて吐息を感じると、快楽に慣らされた身体は更なる欲望を求めてやまなくなる。
「あっ…」
漏れる嬌声を唇を噛み締めてやり過ごすと、城之内はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「我慢するなよ。いつも言ってるだろ? もっと素直になれって」
「…ばか…もの、貴様ごときに…」
「こんなに尽くしてるんだからさぁ…たまには俺にも甘えろって」
胸の突起を軽く齧られると、身体に電流が走ったように跳ね上がる。的確に俺の弱いところを責めながら、肝心の部分には一指も触れない城之内に、俺はいつしか涙を流して懇願していた。
「やめ…ろっ…気が狂う…」
「いいぜ、もっと狂えよ。俺が全部受止めてやるから」
俺を見下ろすその瞳が、いつもに増して真剣に輝いている。そしてそのまま身体をずらすと、既に蜜を滲ませている俺のモノを口に含んだ。
「はぅ…あ、ああっ…!」
ピチャピチャと卑猥な音とやわらかい舌が舐め上げる感触に俺の精神がドロドロに溶かされていく。
そしていつの間に用意したのか、人肌に温められた潤滑剤を指に塗ると、ゆっくりと後腔に押し入ってきた。
「くっ…相変わらず狭いな。折角慣らしたのに、一週間も俺から逃げるからだぞ」
「逃げた…んじゃない、仕事で…」
「電話にも出なかったじゃないか」
「それは…ああぅっ ―― !」
クチュクチュと音を立てて俺の後腔を犯していた指が、いきなり3本に増やされる。前と後ろを同時に翻弄され俺は既に気が狂っていた。
「なぁ、俺が欲しかったんだろ? なんで電話に出なかった?」
「し…つこい…ぞ」
「俺の声を聞いたら我慢できなくなるからか?」
「そんなわけ、ある…か」
「素直じゃないな〜。正直に言わないとこのままでほっとくぞ?」
ククッと笑うヤツは、優越感に浸って俺を翻弄する。知り尽くされたポイントを的確に責めながら、しかし俺を解放することを遮って更に煽り立てる。
何でこんなヤツの言いなりになっているのかは判らない。ただ、俺を抱きしめてくれる腕はこいつだけだったからかもしれない。
『恋』と言うには切なすぎて、
『愛』と言うには気恥ずかしい。
だが、この瞬間だけは何のしがらみも持たない一人の人間に戻れるような気がして ――
そのkeyを俺は自ら外した。
「…もう…欲しいっ…克也…」
涙に曇る視界に、優しい微笑が浮かべられた気がする。
「いいぜ、全部やるよ、瀬人…」



「悪いな〜、もうちょっと寝かせてやってくれよ」
手を伸ばすと、まだ温もりが残ってはいるものの、そこにヤツの姿はなかった。
幸いにも身体は清められている ―― おそらく俺が気を失ったあと、ヤツが「責任」を取ったのだろう。
「今さっき寝入ったばっかりなんだよ」
おそらく、俺を起こしに来たモクバと話しているのだろう。全く、余計なことをするヤツだ。
そう思って起きようとしたが ―― いかんせん、腰から下は言うことを効かない。
しかし、声も掠れて出てこないとくれば ―― ベッドから降りることもできやしない。
「ま、そういうわけだからさ、ごめんな」
モクバを追い返した城之内が、まるで鼻歌でも歌いだすかのように上機嫌で戻ってくるのとは裏腹に、俺はベッドの中から冷ややかな目で睨んでいた。
「あ、起こしたか? もうちょっと寝てろよ。どーせ動けないし、声も出ないだろ」
昨日は散々いい声で啼いてたからな、とニヤつく馬鹿に悪態をついてやりたいが ―― 声が出ないのは事実だ。
「ほら、肩が出てるじゃないか、風邪引くぞ」
そう言ってスルリとベッドに戻ると、動けない俺をいいことに、その腕に抱き寄せた。
「こうやってると、あったかいよな〜。もうちょっと寝てようぜ」
そうだな、貴様の腕の中は ―― 暖かくて安心する。
もう少しだけ、この腕に甘えていてもいいだろう。
次に目が覚めたら、その時は『海馬瀬人』に戻るから…。






Fin.

本文:3時間、タイトル:3日。
実はこれが遊戯王パロの初書きだったりします。
そうか、最初は城海だったんだ、私。(苦笑)
一応、城海カプの社長は、はっきりいって「女王サマ」です。
最近、「女王サマ」好きなんですよね〜。


初出:2003.09.06.
改訂:2014.09.06.

Studio Blue Moon