Happy Birthday to You ! 6月4日:ヘンリー・チューダー(その1)


その日は、朝から何やら騒がしかった。



午前中はベッドから離れられなかったクリスだったが、流石に午後もティータイムの頃になれば起き上がるまでに回復していた。勿論起きられなかった理由は言わずと知れているため、クリスの機嫌はすこぶる悪い。
だが、
「キュゥ…グルルル…」
今はミニチュアサイズのイブリースが心配そうに膝で見上げれば、クリスは決して他人には見せない笑顔でそっとその頭をなでた。
「何でもない、イブリース。ああ、そうだな。折角の茶が冷めるな」
ちなみに、本日のティータイムに出されたのはインドから直々に取り寄せた最高級茶葉。
ティーセットは、チャイナから取り寄せた白磁の逸品。
周りは、今を盛りと咲き乱れる薔薇の園で、日差しは柔らかく、風も穏やかだ。
そう、極上のティータイム ―― のはずだった。



いつもならクリスの体調不良を理由に政務をさぼって後宮に入り浸ろうとするヘンリーであったが、珍しくこの日はまだ戻ってくることはなかった。
それどころか、どこか城内の様子がざわついているような気がする。
ここは城内でも最奥に当たる後宮である。そこまで聞こえてくるざわめきというのは珍しいもので、
「何かあったのか?」
不本意ではあったが、クリスは付き添っていたイシュタルにそう尋ねた。
すると、
「陛下のところに貴族の方々が詰めかけているのですわ」
澄まし顔でティーカップを持ったイシュタルは、そう答えた。
「国内に、何かあったのか?」
「いえ、そんな大したことではありませんの。今日は陛下がご生誕された日ですから」
つまり、今日はヘンリーの誕生日というやつらしい。
それでその祝いにかこつけた貴族どもが、ヘンリーの妾妃候補と共に祝いの口上に押し掛けているとのことだ。
「夜にはお祝いの宴も催すそうですわ。サイモン様が張り切っておいでのようですのよ」
自分の目の黒いうちに何としてもヘンリーの世継を!と、最近また妙に張り切っているヘンリーの老臣は、事あるごとに妾妃候補を引き合わせようと企んでいるらしい。どんなにヘンリーがクリスを熱愛し、夜毎ベッドを共にしているとはいえ、流石に世継を望むことはかなわなかった。
それを、一笑にして取り合わないヘンリーはともかく、クリスの方は全く気にしていないとは言い難い。
だから、
「成程な。俺としても、ヤツの底なし性欲を少しでもフォローしてくれるなら、妾妃の10人や20人構わず放り込んで貰いたいくらいだわ」
そんなことを言いながら、どこか口惜しそうに眼を伏せるのが儚げだった。
「クリス…そんな言葉を陛下がお聞きになられたら…」
「フン。どうあがこうと、俺に子供など望めんぞ。ならば、妾妃は必要だろうが」
自分ならイブリースもいるから心配ないと。そう言い張るクリスは痛ましいが、何せ相手はあのヘンリーである。クリスを手に入れるために戦争を起こした張本人だ。そんなことを実際に聞こうものなら…クリスが一生寝室から出られなくなりかねない。
大体、クリスがいなければ国王の座でさえ放り投げかねないヘンリーだ。あまり世継と煩く言っていれば、本気で退位してクリスとともにアングルシー辺りにに引っ込みかねない。
(全く、仕方がないですわね)
そこで、一計を案じたイシュタルは、
「…ということで、クリス。申し訳ございませんけれど、着替えて頂きますわ」
と言うなり、侍女を呼び寄せて何やら指示していた。



「陛下のご生誕祝いですもの。王妃様が欠席では、陛下が悲しまれますわ」
「…言っておくが、俺はヤツへ誕生プレゼントなど用意してないぞ」
「御安心なさいませ。最高のプレゼントをご用意しておりますから」
そんな風に言いくるめられたクリスが姿を現すと、それまで賑やかだった会場は一瞬にして静まり返った。
ヘンリーが熱愛している王妃の噂は、すでに国内どころかヨーロッパ全土に広がっている。
その美貌は神の御業と称され、決して他人には真似することものできない気高さと気品に溢れている。
そのため、噂には過剰な尾鰭がつくものとタカをくくっていた貴族たちだが、実際にクリスの姿を見た途端、言葉をなくしていた。それはヘンリーの周りを取り囲み、艶めかしい秋波を送っていた令嬢たちも同様である。
白い肌に映えるサファイア・ブルーのドレスに姿は、絶対に人の手では作ることができないといわれている、青薔薇の化身のようだ。
そんなクリスを、
「クリス! 大丈夫なのか、具合の方は…?」
自ら出迎えたヘンリーは、大事そうにその手を取った。
本当なら、さっさと後宮に戻って見舞いたかったヘンリーである。それを我慢していたところにクリスの方から姿を見せたともなれば、喜ばないはずはない。
そして、そんな下心のない(?)笑顔で出迎えられると、
「あのくらい…なんでもないわ」
クリスの方もどこか気恥ずかしそうだった。
そんな馴れない仕草も愛おしくて、
「そうか。ああ、流石俺のお妃サマは最高に綺麗だな。だが、ちょっと花が足りない」
そう言ってヘンリーが合図をすると、何故か控えていたイシュタルが薔薇の花束を差し出した。
「ヘンリー?」
「お前には本当に白薔薇が似合うな。清楚で気高く、何者にも染まらない」
白薔薇はかつての戦争の折、ヘンリーの敵となったヨークシャーの紋章でもあった。そのため最近では無意識に忌避されがちだが、確かにクリスにはよく似合う。
「今日、プレゼントをもらうのは貴様の方だろうが」
「ああ、誕生日プレゼントってやつか? そんなのどうでもいいぜ。もう欲しいものは手に入れてるからな」



「ところで、白薔薇の花言葉、知ってるか?」
「…『私はあなたにふさわしい』」
「言葉のとおりだな。俺の最愛のお妃サマ。お前が俺の腕の中にいれば、それで十分だぜ」



とはいえ、ちらりと会場の片隅を見れば、そこにはおそらくヘンリーへと贈られたのであろう、プレゼントらしい箱が山積みになっていた。
それを視界の片隅に残しながら、
「俺は…何にも用意していない」
そう呟けば、ヘンリーは
「そうだな、じゃあ、そのブーケの中から、一輪選んで俺にくれよ。それでいいぜ」
そんなことを言われて、否と言えるほどの意地は張れないクリスである。
言われるままに一輪選んでヘンリーの胸元に飾った。
ちなみに。
男性が贈った花束から女性が一輪選んで相手に返せば、それでプロポーズを了承したことになる。
「よし、早速、結婚式をあげようぜ!」
「もうしただろうっ! 何回する気だ、貴様はっ!」
「ああいいな、この際、毎年やっても構わないぜ」
「 ―― っ!」



万年新婚気分のロイヤル・バカップル。
大英帝国は今日も平和のようです。



Fin.

ヘンリーには一輪の薔薇をプレゼント。というか、クリスをプレゼントです、お決まりですが。(苦笑)
本当は、6/4の誕生花は薔薇でも赤だったんですが…白の花言葉の方がよかったので、つい;

また、 こちらは遊戯王サイトの管理人様に限りお持ち帰り自由品です。お祝いしてあげてくださいませ。


2008.06.06.

RoseMoon