Happy Birthday to You ! 6月4日(?):ユギ王子(その1)


エジプトの首都、テーベの都。
裕福なエジプト王朝のお膝元にふさわしく、市場は常に華やかな賑わいを見せていた。
しかも今日からは次期ファラオを約束されているユギの生誕祭が始まっている。そのためいつも以上の隊商がテーベを目指し、市場の賑わいは新年の祝い以上の盛り上がりを見せていた。
無論、王宮も例外ではない。
富国強兵を誇るエジプトと誼みを結びたいと願う国は多々知れない。
勿論その場合何らかの貢物を持参するのは当然の理で、使者たちが宿舎としている宮は、外壁の向こうからでもその華やかさが伺えるような煌びやかさに満ちていた。
曰く、珍しい食べ物や嗜好品。
遠くセリカやシナの国から取り寄せた絹の衣装。
職人が数年かけて作ったと思われる、紅玉や碧玉を用いた装飾品。
はたまた、エジプトでは産出しない、鉄器の武具や防具。
更には、よく手入れの行きとどいた馬や馬車の類。
そして、それこそ選りすぐりと誰もが思うような美女の一団などなど。
まさに各国の文化と芸術の粋を集めたかのような中にあったのだが ―― 肝心の王子であるユギの表情は、晴れることはなかった。
「…まだ終わらないのか?」
既に謁見の席にただ座っているのも飽きたらしく肘掛に寝そべるように蹲っていれば、その隣で立っているシモンが小さく叱責しながら呟いた。
「まだ半分にも満ちておりませんぞ。もっとシャキッとしてくださいませ」
「ったく、俺の生誕祭のはずだぜ。なんでこんな試練に付き合わなきゃいけないんだ?」
「王子、試練とはあまりな仰りようかと思いますぞ。ほら、御覧くださりませ。あの踊り子などなかなかの美貌ではございませんか」
どこぞの国が贈ってきたという一座の舞手は確かに艶めかしくなかなかの見ものではある。
だが、
「…セトの方が遥かに美人だ」
そう一言呟くと、ユギはぐったりと椅子に傾れ込んだ。
「大体、こんな貢物、俺はこれっぽっちだって欲しいと思ってないんだぜ?」
そう、欲しいと思うものは ―― いつだってただ一つだ。
神の御業と噂される美貌に白磁の素肌。ナイルの蒼よりも深い瞳を向けられれば、言葉など無用な程に心を騒がせる。
唯一絶対、無二の佳人 ―― 。
しかし、
「…王子の生誕祭ですからな。大神官が神殿にて祈りを捧げるのは大事な役目にございますぞ」
シモンの言う通り、セトは大神官という立場上、この祭りの間は神殿に篭り、神に王子の健康と長命、更には王権の安泰を祈ることが義務付けられている。
「全く、俺の生誕祭なのに、肝心のセトは神が横取りかよっ!」
金、銀、宝石など欲しいとは思わない(セトを飾るためなら別だが)。欲しいのは、いつだってセト、ただ一人だけなのだ。
「どんな宝でも、セトに比べたらみんな砂漠の砂以下だぜ」
だが逆にセトがくれるものなら、例え砂粒一つでもユギには一生の宝になることは間違いないだろう。
そう、セトがくれるものであれば ―― 。
だから、
「皆の者、大義であった」
ユギは意を決して立ち上がると、こう言い放った。
「祭りはまだ始まったばかりだ。皆からの祝いの品は後々ゆっくりと見せてもらおう。今日はここで終了とし、宴にて旅の疲れを癒してくれ」



「祝いの品なら、セトから貰うのが一番嬉しいぜ」
本当に欲しいのはセト本人であるのだが、そんなことを言えばまた大騒ぎになるのは目に見えている。
だが、
「欲しいものは全力で手に入れろ」
そう言っていたのもセト本人だ。
だから自分の生誕祭の祝いの品として一番欲しいものを手に入れようとユギが向かったのは、当然ながらセトが祈りに籠っている大神殿だった。
「まさか正面からは…まずいよな」
ちらりと入口を覗いてみれば、形式上武器を持った兵士が数人見回りに立っている。
勿論ユギには危害など加えるはずもないが、そもそも神殿に来たということがバレればその方が問題だろう。
ユギのセトへの執着はすでに王宮では知らぬものがないほどであり。
セトにバレれば ―― それこそ怒りの鉄槌が落ちるのは目に見えている。
(とにかく…セトのところにたどり着くまでは、バレないようにしないとな)
そんなことを考えながら大神殿に忍び込もうと裏庭へ回れば、丁度セトが姿を現した。
表向きは、神への祈りは祭りの間中となっている。だが、神官といえどもそこは人間、幾ら仕事熱心なセトとはいえ3日間休みなしで祈りを捧げることなど無理な話であり、通常は数人の神官達が交代制で行うものであるのだ。
(よし、セトの祈りの終わってるんじゃないか! よし、それなら…)
神官の仕事を邪魔したとなれば、それこそセトの怒りは天地を揺るがす勢いになる。勿論、本来はまだ謁見が終わってないはずのユギがここに来るということ自体怒らせる事になるのだが、そういうことはきれいさっぱり忘れているユギであった。
それどころか、
(終わってるなら王宮にくればいいのに…何やってるんだ?)
そんなことを思いつつ眺めてみれば、セトがいるのは神殿が管理している薬草園の一画である。
ナイルの水を引いているこの薬草園は砂漠の国とは思えないほどに緑にあふれており、珍しい薬草も少なくないとは聞いてた。
その中からセトは美しく咲き誇る花を吟味しながら摘んでいた。
それこそ一本一本じっくりと確かめており、まるでそれは大切な誰かへの贈り物のように思えてしまったのだ。
(も、もしかして…俺への祝い品か?)
考えてみればセト自身は物欲が少なく、金銀や宝石の類などにはほとんど関心を持っていない。そんなもの食えるわけでもないというのが持論であり、それならばまだ武具の方が実益があるというくらいだ。
だが大神殿は王宮に隣接しており、警備も専門の武官が務めている。そのため、神官が自ら揮うような武具はないはずだった。
あるのは、神への捧げものである酒や供物くらいなもの。
まさかその中からユギに何かを贈るなどということをセトがするはずもない ―― となれば、あとはこの薬草園の花くらいなものだと思い立ったのだ。
(な、なんだ。セトも可愛いところがあるじゃないか! そうか、あんなに真剣に俺のために花を摘んでくれてるんだなv)
そう思い込めば ―― そんな姿も愛おしい。
どんな顔で持ってきてくれるのか、どんな言葉で持ってきてくれるのか。
そこはもう、めくるめく妄想の世界だ。
(ククッ…セトのことだからな。きっと照れながらぶっきらぼうな言い方で持ってきたりするんだろうな。こう、ちょっと視線を反らすような感じで…)
普段は高邁無敵なセトであるが、あれで結構情には脆いところがあるのも知っている。
だから、照れ隠しに見せる姿なども容易に想像できて、ユギは上機嫌だった。
ところが、肝心のセトは側に控えていた従者にこう言った。
「ふむ。このくらいでとりあえずは良かろう。ではこれをアクナディン様に届けてくれ」
よく通るセトの声はユギの耳にもしっかりと届いていたのだ。
勿論、そう聞いて、黙っているユギではない。
「な…ちょっと待ったっ!」
いきなり飛び出すとつかみかかる勢いでセトの前に姿を現し、ユギは
「なんでアクナディンなんだっ! 俺じゃないのかっ!」
「ユギ…?」
流石にのセトも、ユギがこの場にいきなり現れたことには驚きを隠せなかったが、
「…貴様、また政務をほっぽらかして、抜け出してきたのだなっ!」
それも一瞬のこと。すぐに思い直せば、
「そんなことはどうでもいいだろっ!」
「良くないわっ! この、たわけっ!」
本来であれば、仮にも世継の王子を捕まえてこの罵詈雑言は拙かろうと思うところだが、そこはセトである。寧ろ、控えていた従者もセトの逆鱗の巻き添えになるのを恐れて、そそくさと立ち去っていた。尤も、そんなことは全く気にしないセトとユギである。
「大体、貴様の生誕祭であろうが! 肝心の貴様が抜け出してどうする気だ!」
「ああ、俺の生誕祭だよな。だったら、俺の好きにしてなんで悪いんだ?」
「それが仮にも世継ぎの王子の言う言葉か。立場を考えろ」
「祝いって言ったって、俺のことを思ってきてくれてるやつなんかいないぜ。皆、社交辞令じゃないか」
「それが外交というものであろうが」
「だから、祝ってくれるなら、俺はお前からの祝いが欲しいんだ!」
まるで子供の喧嘩である。しかも、誕生祝いの品が欲しいなどと、まさにどこの幼子かといいたくなるものだ。しかも、
「それなのに、なんでアクナディンなんだ? お前がアクナディンを慕ってるのは知ってたけど、、花を贈るほどのことだったのか?」
そう不貞腐れて呟くユギの様子に、鋭いセトはようやく合点がいったようだった。
どうやらセトが摘んでいたこの花は、ユギの生誕祝いにと選んだ贈り物だと思っていたらしい。それをアクナディンにと言った自分の言葉を聴いたために、とんでもない勘違いをしているようだ。
(ふむ…なるほどな)
セトにしてみれば、そもそも自分からも何か貰えるものだという発想が笑わせてくれるというところだ。普段から品物に関して言えば何一つ不自由をしておらず、その上あれだけ各国からの貢物を貰っているというのに、まだ欲しいものがあるとは意外でさえあった。
勿論、自分がユギにとって特別な存在だとは認識していないところでもある。
だが、
「…そうか。つまり、俺から貴様の生誕祝いに、この花が欲しいということなのだな」
手にした花を見てニヤリと笑みを浮かべると、セトは一つ一つ確認するようにユギに
「よかろう。くれてやる」
その瞬間、ユギはまさに子供が強請りまくったオモチャを買い与えてもらったときにように、本当に嬉しそうな表情を見せた。
しかし、
「但し、貴様。コレが薬草だということ判っているな?」
「え?」
この場所は、神殿が管理する薬草園である。であれば、そこに生えている植物が薬草であることは当然のことである。
そのことに思い当たって、ユギは何となく嫌な予感のようなものを感じていた。
事実、
「この花は強心剤になる薬草だ。そして祭りの間、アクナディン様は王宮から離れられないため、俺が材料となるこの花を届けるようにと言われていた ―― と言えば、どういうことか判るな?」
祭りの間、病身の父王に代わって采配を執り行うのはアクナディンの務めである。更に、父王はアクナディンの処方する薬湯を毎日好んで服用しており、その材料はこの薬草園から採取されていた。
つまり、セトはアクナディンの代わりに薬湯の材料となる薬草を選んでいたということであり、そこにユギが心配したような色恋など微塵もないということである。
「あ、じゃあ…」
「ククク…そうか。薬嫌いの貴様が薬草を欲しがるなど珍しいところだが、まぁいい。俺、自ら煎じてくれるわ」
「いや、そういうわけじゃなくて…」
「ほほう、それでは先ほどの剣幕は何だったのだ? 」
「…(滝汗;)」



「無論、俺からの祝いの品だ。一適たりとも残すことは許さんからな」



Fin.

ユギにはジギタリスでしょうか?(笑)
なんかこのシリーズ、書くたびに「お祝い」じゃなくなってく気がします。
あ、でも、健康には良いですよね? (多分)

また、 こちらは遊戯王サイトの管理人様に限りお持ち帰り自由品です。お祝いしてあげてくださいませ。


2008.08.01.

RoseMoon