青01:ダッフルコート(城之内×海馬)


「やっべぇ〜、遅刻だぜ」
放課後の校舎屋上。夕日が西の空に傾くのを眺めていたら、突然、一緒にいた凡骨が叫んだ。
「今日、バイトだったんだよ。やべ、また給料下げられちまう」
突然戻される現実に、情緒も何もあったものではない。
尤も、この凡骨にそんなことは最初から期待していないが。
「貴様のようなヤツを雇うとは、随分と人手不足なんだな」
この不況下、働き手は掃いて捨てるほどにあるだろうに。物好きなところもあるものだ。
「あ〜? あのな、正社員ならともかく、バイトだぜ。ま、使い捨てみたいなもんだからな」
そう言いながらも、たちあがって制服についた埃を払う。
それを何気に見ていると、不意に凡骨が手を差し伸ばしてきた。
「 ―― ?」
「帰らないのか?」
その手を無視して、フェンスにもたれる。
「あいにく、俺は時間がある」
「はぁ? 何、今日の仕事は?」
「…済ませてきた」
「マジかよ…」
凡骨は頭を抱えて蹲り、なにやらブツブツと呟いている。
どうして今日に限ってとか、今月はちょっとヤバイし…等々。いちいち独り言を声に出すな。
「俺の時間があることなど、お前には関係なかろう? さっさと仕事に行け」
「でもよぉ〜」
「フン、責任の果たせんヤツなど、クズ以下だな」
「 ―― !」
途端にヤツが立ち上がり、激しく睨みつけてくる。
その怒りを帯びた瞳が、俺に向けられるのは心地よい。
だがそれも一瞬で、すぐになにやら企むような表情に取って代わった。
「…お前、まだここにいるのか?」
「そうだな、夕日が沈むのを見たら帰る」
たまには、ただ夕日を眺めるというのもいいだろう。校庭では部活で残っている連中の声もかすかに聞こえている。
「じゃあ、これを着ておけ。そのままじゃ風邪を引く」
そう言って、ヤツは自分のダッフルコートを俺の肩に掛けた。
「そんなに柔ではない。余計なお世話だ」
「いいから着ておけって。どうせバイト先じゃあ着替えるし…あとでお前ンちに取りに行くから」
「…見え透いた口実だな」
「う、うるせぇ…」
まぁこの短時間に、無い頭を使って考えたにしては ―― コイツにとってはマシな方か。
「まぁいい。預かっておいてやろう。今日中に取りに来ることだな」
「おぅ、任せておけ!」
ニヤリと笑うと、ヤツは挑戦者の目を輝かせて走り去った。
1人残った屋上で、俺は再び夕日に眼を向ける。晩秋の風が駆け抜け、無意識にコートの前をかきあわせた。
ふっと、ヤツの匂いが漂ってくる。
まるでヤツが背後に立っている ―― 背中から抱きしめられているような感覚。
「フン、くだらん」
だが、そのコートがとても暖かかったのは事実だった。






Fin.

……背景と合わない「晩秋」のワンシーン。
うちの社長は、余程のことがないと城之内を名前では呼びません。
しかし…社長にはやっぱりロングコート!
ダッフルコートは似合わないかも。

2003.09.14.

Pearl Box