青07:半熟(海馬瀬人)


早朝の海馬邸、キッチン ――
どこか楽しそうに料理などしているのは ―― 何を隠そうこの家の若き当主、海馬瀬人。
「フン、我ながらいい出来ではないか…まぁ、こんなものか」
満足げに見下ろしている先には、子供用の可愛いお弁当箱。ちなみにお弁当箱の柄は、KC特製のブルーアイズシリーズ(非売品)である。
「あとは…ふむ、水筒と、何? おやつは500円まで? 庶民め、ケチったことを言いおって…」
ぶつぶつといいながらもどこか楽しそうなのは、全てが可愛いモクバのためであるから。
そう、今日はモクバの小学校の遠足なのである。



「あ、明日、遠足なんだ。だから弁当を頼むゼ」
珍しく夕飯を一緒に済ませた後、モクバが海馬家のメイドにそう言ったのを瀬人は聞き逃さなかった。
「遠足?」
「うん、兄サマ。童実野美術館に行くんだゼ」
「童実野美術館だと?」
童実野美術館 ―― あまりいい思い出のないというか、いやな思い出しかない場所ではあるが、モクバが楽しみにしているならわざわざ言うことでもない。
あの石版は、エジプト展が終わった今もあのまま美術館の奥に飾られている。ちなみにその一室はKCが維持費から何から全てを提供する見返りとして、一般公開はされていない。だからモクバの眼に触れることは無いはずであるが ―― 。
「あはは…遠足で浮かれるなんて、ガキみたいだね。童実野美術館なんていつでもいけるのにさ」
無意識のうちに険しい表情になっていた兄の心境を誤解して、モクバは少し寂しそうに呟いた。
それにきがついた瀬人は、弟だけ見せる優しい表情で軽く頭を撫でてやった。
「いや…良かったな、モクバ。楽しんでくるがいい」



遠足など ―― 瀬人にははるか彼方の記憶にしか存在しない。
覚えているのはモクバが生まれる前 ―― 幼稚園の時の遠足である。
あれは確かまだ母が生きていたころで、手製の弁当が宝物のように嬉しかったことを思い出した。
今となってはどこに行ったかも覚えてはいないし、その後、モクバが生まれ母が亡くなりやがて父もなくなったため、瀬人の行った遠足といえばあれが最初で最後だった。



「ふむ…あとはゆで卵だな」
コトコトと煮立った鍋の中では、卵がゆらりと揺れている。
遠足に持っていくなら固ゆでがいいのだが、幼い頃の瀬人はどちらかといえば半熟の方が好きだった。それもできあがったばかりの熱いやつが。
『母さま、この卵、固ゆでだよ?』
『そうね、瀬人は半熟の方が好きだったわね。じゃあ、おうちに帰ったら作ったあげるわね』
『うん、ありがとう、母さま』
実の母親との数少ない記憶。
瀬人は仕掛けていたタイマーをリセットし、コンロの火を止めた。
鍋の湯を捨てて、中の卵を冷水につける。
そして、その中の一つを手に取ると、殻を剥いて一口頬張った。
半熟のゆで卵は、酷く懐かしい味がした。






Fin.

社長お手製のお弁当です!モクバ、売ってくれ〜って感じですね♪
絶対プレミアついて高値になることは間違いなしです。
うちの社長は普段忙しいので、たまに時間が取れると
異様に手の混んだものとか作りたがる傾向にあるみたいです。
ああ、でも社長のお弁当…食べたいなぁ〜♪

2003.09.30.

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