青12:てるてるぼうず(モクバ&瀬人)


今年は空梅雨だと思っていたら、7月に入った途端に青空は姿を消していた。
しかも明日は七夕である。
日本的には有名なイベントではあるが、瀬人の仕事になんら影響のあるものではない。
だから余り気にしていなかったのだが ―― 。
「織姫と彦星って、1年に1回しか逢えないんだよね」
学校から帰ってくるなり、海馬コーポレーションの社長室で大人しく宿題と言ってなにやら工作をしていたモクバが、不意にそんなことを呟いた。
「一生懸命仕事をして、それで1年に1回しか逢えなくて。その上、雨が降ったら天の河が氾濫するから逢えないなんて可哀想だゼ」
どうやらその口調からすると、少し機嫌を損ねているらしい。
他の人間だったら「いまどきそんな非ィ科学的な迷信などを口にするな!」と怒鳴ってやるところであるが、そこはそれ、可愛い弟のコトである。
「どうした? モクバ。何をそんな他愛も無いことを…?」
溜まりに溜まっている書類から目を外し、瀬人は立ち上がってモクバの側に近づいた。
見れば、モクバの手には白いハンカチでつくられたてるてるぼうずが握られていた。
兄弟揃って器用なせいか、そのてるてるぼうずはとてもよくできていて、瀬人も繁々と見入ってしまった。頭の部分など、きちんと皺を伸ばしてあって、まるで子供のようにつるりとしている。
それを、どう勘違いしたのか、モクバは慌ててテーブルに投げ出した。
「す、好きで作ったんじゃないゼ。こんなガキっぽいもの。これが今日の宿題なんだよ、明日は七夕だから、みんなでてるてるぼうずを作りましょうって。オレの担任、大学出たての新任だから…」
と恐ろしいほどの早口で叫んで ―― 確かに、ついこの前まで女子大生でしたという感じの担任だということは知っている。
しかし、今時てるてるぼうずはないだろう。幼稚園生でも作らんぞ。
そう思いはしたものの、モクバが何故か怒っているようなので、そちらの方が気になった。
「モクバ?」
「だって…1年間遊びもしないで働いてるのに、1年に1度の休みくらい、好きなようにさせてあげればいいのに…」
それは、常にオーバーワークな兄サマを思い起こしてしまい、たまの休みくらい取らせてあげたいという弟心というもので ―― ただ、兄サマの場合、織姫が「来るな!」と言っても彦星はしっかり毎晩来ている様なものであるのだけれど…。
「モクバ…心配はいらないぞ。別に雨が降っても、織姫と彦星は会えるんだ」
瀬人はそんなモクバの隣に座ると、くしゃっと髪を撫でて話してやった。
「確かに1年に1回の再会だが、雨が降ったときはカササギという鳥が2人を運んでくれることになっている。だから雨が降っても心配は無い」
「え? そうなの?」
「ああ、だが、晴れた方がやはりいいのだろうな」
チラリと社長室から見える空は、どんよりとした雲に覆われて、当然のように青空など欠片も見ることは出来ない。
「どんなに科学が進歩したと言っても、気象庁はいまだに天気予報を外すからな。お前のてるてるぼうずのほうが、かえってご利益があるかもしれんな」
そういって投げ出されたてるてるぼうずを手にとって、瀬人はモクバに手渡した。
「ちゃんとつるしてやるんだな。折角作ったんだ、チャンスくらいは与えてやれ」
「うん、兄サマ。ありがとう」
安心したようにニッコリ微笑むと、モクバは大事そうにてるてるぼうずを鞄にしまい、先に家に帰っていった。



さてその後 ――
「気象コントロールシステムか…」
可愛い弟のためと称して、晴天を作るシステムを瀬人がシミュレートしたかどうかは、付き合わされたラボの人間だけの知るところである。






Fin.

この前、うちの息子の宿題でした。運動会前にてるてる坊主をつくって持ってくること。
しかも…運動会は雨だったけどね。
ところで、モクバって小学6年だっけ?それじゃあ幾らなんでも幼すぎたかしら?

2003.10.13.

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