茶02:割引チケット(城之内×海馬)


いつものように学校が終わってバイトまでの些細な時間をKCの社長室で過ごしていたら、丁度居合わせたモクバがふと呟いた。
「なぁ、城之内。お前と兄サマって、ホントにつきあってるのかよ?」



「はぁ? 何を今更…」
突然何を言い出すのかと思って、俺は寝転がっていたソファーから起きると、モクバの視線にあわせて聞き返した
「そりゃあいつも兄サマに逢いに来てるのは知ってるけど…でもそれだけだろ?」
それだけ ―― ではないのだが、そこはまだ小学生のモクバには早い話題だ。
重厚なマホガニーのデスクで仕事の真っ最中である海馬の方をちらりと見れば、
(余計なことは言うな)
と蒼穹の視線が威嚇している。
「それだけって言うけどな、ほぼ毎日ここに通ってるんだぜ? 愛情を感じるだろ?」
「だけど…普通の恋人同士だったら、たまにはデートとかするもんだぜぃ。折角の兄サマの休みの日でも、お前ってばうちにきて兄サマの部屋に入り浸りなだけじゃん?」
いやそれは、部屋から出られないようなことをしているからで ―― と説明したいところだが、
(余計なことを言ったら殺すぞ)
もう一人の当事者は、ノートパソコンを見ているようでしっかりこちらに牽制を放ってくださっている。
まぁモクバがそんなことを思うのも無理はないところだろう。
何せ俺も海馬も一応は高校生であるが、学業よりもはっきり言って仕事のほうが忙しい。
俺はバイトをしなけりゃ明日のメシもやばい状態だし、海馬の方は何万という社員とその家族の生活がかかっている ―― なんて大層なことよりも、己の夢に驀進というほうがウェイトが大きいのは言うまでもないが、どちらにしても寝る間も惜しんで仕事をしているのは間違いはない。
だからこそ、ほんの数十分でも一緒にいたいからこうして顔だけでも見にKCに来ているのだが、
「たまにはさ、二人で外に出かけるとかもすればいいのに…」
そんなことを言うモクバに、俺はピンと来た。
(あ…そういうことか…)
ここ数日、何でも新しいプロジェクトの立ち上げが難航していてかなりのハードスケジュールとなっていると言っていた。
なにせ仕事とデュエルには微塵も手を抜かない海馬だ。通常の社長業だって過密スケジュールなのに、それに加えて開発のほうもなんて、無茶が過ぎる。
元々白皙の肌であるが、白いというよりは青白いといったほうがいいくらいにちょっと病的なほどやつれているし、目の周りにも良く見れば隈が浮かんでいる。
(デートにかこつけて、仕事を休ませろってことか)
なんだかんだといいながらも、海馬は結構俺にも甘い。流石にモクバほどではないにしても、頼めば5回に1回くらいは仕事を休むことも承知するはずだ。
因みにモクバだったら5回に4回の勝率だ。ま、それは仕方がないよな。
だが、
「モクバ、あまり無理を言うな。城之内にも都合があるだろう」
海馬が俺たちのほうには目もくれずにそう言うから、つい苦笑が漏れてしまった。
「あ…そうか…」
この場合の都合が時間的なものではなくて金銭的なものということは、モクバでもわかる所らしい。
実は少しでも海馬に逢いたいから、バイトを一つ減らしてここに来る時間を作っているんだ。おかげで収入が減ったんで生活的にはギリギリのところというわけで。
「そもそも出かける暇などあったら、バイトに行けばいいのだ」
多分バレているだろうとは思っていたが、案の定だな。そんなことを忌々しそうに呟く海馬が、実は心配してくれているということは良く判っている。
悪いな。まぁこれだけはなけなしのプライドってことで。
頼めば俺のところの借金なんて海馬のポケットマネーで何とでもなるのだろうけど、金の貸し借りが縁の切れ目とも言うからな。それだけはやりたくないんだ。
とはいえ…デートの一つも誘えないというのも情けないな。あ、でも…
「ちょっと待てよ…確か…」
そういえば、この前バイト先の新聞屋で…と思ってぺしゃんこにつぶれた学生カバンをひっくり返した。
出てきたのは、寄席とか野球の観戦とか、他にも映画館やレジャー施設の割引チケット。
「あ、やっぱりあった。お得意さんに配るはずだったんだけど、端数で残ったからってもらってたんだ」
期限付きで日にちが限られるけど、これなら交通費プラスアルファで何とかなるからな。
そんな俺の内心に気が付いたのか、
「あ、だったら俺も株主優待券が残ってるぜ。これも使えよ、城之内」
そう言ってモクバが持ってきたのは、
「へぇ、あ、これ今度新しいアトラクションができたって言うディ○ニー○ンドのパスポートじゃん」
「そうだぜぃ。KCも出資してるからな、優待券でもらったんだ」
「有効期限は…げ、今月一杯? じゃあ、こっちから使わないともったいないな」
因みに寄席のほうは来月一杯。そのほかにもここ2、3ヶ月で期限が切れる割引チケットがごろごろとあって、
「海馬、こりゃあ毎週でかけないと使い切れないぜ?」
折角の割引券。使わなきゃ勿体無いぜ。
だが、肝心の海馬は、
「馬鹿者、使い切るな! 大体俺は寄席になど行かないからな!」
「えー、結構面白そうじゃん? 絶対行こうぜ〜」
「それならばせめてサ○シャインの展望台にしろ」
「…お前、高いところ好きだもんな。じゃあ、展望台は来週な」
「 ―― っ!」



その後、モクバとどれから行くかで順番を決めると、海馬は諦めたように深くため息をつきながらもそれ以上イヤだとは言わなかった。






Fin.

割引チケット、うちにもあります。
しかも今月一杯が有効期限のヤツ。
うーん、いつ行こうかな天気のいいときじゃないとレジャーランドは辛いから…。

しかし、社長と寄席ですか。
チャレンジャーだな、城之内…。(苦笑)

2006.06.11.

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