緑04:路地裏(城之内&海馬)


その場に居合わせたのは、本当に「偶然」だった。



「何で…お前がこんなトコにいるんだよ?」
バイト先のカラオケボックス。その路地裏にゴミを出しに行ったら ―― 絶対にここには似つかわしくないヤツと遭遇した。
夜目にも映える白いスーツの高貴な姿。とびっきりの美人であるのは相変わらずだが、蔑むように周りを見る冷たい瞳も相変わらず。
そう、相手を「人間」とも思っていないような目で見て ―― その高飛車さは天下一品だ。
「…相変わらず厄介なところに顔を出すイヌだな、貴様は」
そんな不敵な美人は、俺に気が付くと思いっきりため息をついて呆れたように呟いた。
「イヌって言うな! 俺にだってちゃんと名前がある!」
「キャンキャンと喚くな。これ以上コトが大きくなると厄介だ」
そういう海馬の向こうには、とてもお友達には見えないおっさんが数人。果てしなく人相が悪く、しかも手にはナイフやチェーンがあって ――
「なんだよ、お知り合いか?」
「…こんなクズどもと知り合いになったつもりはない」
どう見たって海馬のほうは素手 ―― 今日はご愛用のジェラルミンケースも見当たらない ―― だが、全く臆した雰囲気を見せないのは流石だと思う。
ま、コイツが誰かに屈するなんて、それこそデュエルでもただ一人にしかないことだから、当然って言えば当然か。
「どうせライバル会社の回し者といったところだろう。金の為なら何でもやる、蛆虫以下の下衆どもだ」
高慢なお姫様の口調は、そんな辛辣な内容でもまるで歌うように淀みがない。
尤も、言われた方が逆上するのもいつものことなんだろうが。
「このガキ…黙って聞いてりゃいい気になりやがって…」
「あとで泣いて助けてくれって言っても、ゆるさねぇぜ」
「フン、貴様らごときと一緒にするな」
口を利くのも穢わらしいという侮蔑。それが、ここまで絵になるヤツも珍しいだろうな。
「お手伝いしましょうか? 社長サン」
相手は武器持ちでしかも多数。だが、
「余計な手出しはするな。貴様には関係ない」
「へぃへぃ、そーですか。じゃ、見学させてもらうわ」
そういうと俺は胸のポケットから煙草を取り出し、壁にもたれて火をつけた。



最初の煙草を靴でもみ消して、さて2本目の煙草に火をつけようかと考えていたら、聞き覚えのある声が通りの向こうから飛んできていた。
「社長!」
相変わらずの黒メガネ。この真夜中によく見えるよな。
「ご無事ですか? お怪我は…」
「当たり前だ、こんなヤツラ相手に怪我などするか」
応えるヤツも ―― 人間じゃねぇよな。白いスーツには返り血ひとつつけてないし、そもそもこれだけの大回りをしたのに、息1つ乱れてない。
尤も、全員ただの一撃で地面に倒れこんでいるから ―― ほんの一瞬の出来事であったのも事実だけど。
「恐らくA社の回し者だろう。早急に送り返してやるがいい」
「かしこまりました。表に車を回しております」
「判った」
短く応えて何事もなかったかのように表へと向かう。勿論、俺には何の挨拶もなしなのは当然のこと。
その後を付いていきながら、磯野サンが軽く俺に向かって頭を下げた。



「さて…と、俺もバイトに戻るか」
結局、2本目の煙草はそのまま胸のポケットに戻され、俺は店のドアを開けた。






Fin.

一撃必殺の「ワンターンキル」ですね。
こんなところでも社長は時間を無駄にしないってことで。

2004.01.21.

Silverry moon light