緑05:秘密(海馬瀬人)


確かにここ数日は厄介な仕事ばかりが立て込んでおり、自分でも自覚するほどのオーバーワークであったのも事実。
「…フン、これは拉致があかんな。先に少し休むか」
仕事を投げ出してというのは気が進まないが、キーボードを叩く音さえ子守唄に聞こえそうなほどの睡魔が襲っている。
下手にずるずると続けるよりも、ここは一度仮眠をとってその後に再開したほうが効率が良いと判断し、俺は社長室の奥に設けられた仮眠室に閉じこもった。
そして、ふと気がつくと ――



「あーもう、判ったって。今夜は諦めるから、もう少し寝顔を堪能させろよ」
「キュウン!」 (見るだけですよ、絶対触らないでくださいね!)
「ちょっとくらいならいいだろ? 海馬の髪ってサラサラで触り心地が良いんだぜ」
「キュン。キュン!」 (だめです。瀬人様がお目覚めになりますっ!)
「うっ…それもそうだな。折角の寝顔が見れなくなるか…」



(この声は、遊戯と青眼…アズラエルか?)
ゆっくりと意識だけは眠りの園から浮上していくが、思いのほか疲れはたまっていたようだ。
重い瞼は意識に反して開かれる気配はなく、俺は仕方がなくそのまま身体を休めていた。
(アズラエルがいれば…コイツもそう簡単には不埒な真似もできんだろうしな)
どうせアノ遊戯のこと。何をしに来たかなどは聞かなくても判っている。流石にこれ以上の体力の消耗はダメージが大きすぎるというもの。
だが ――



「そういえば…覚えているか、アズラエル?」
「キュゥ〜?」 (何ですか?)
「昔もこうやって海馬…セトの寝顔を二人で見てたことがあったよな?」
「キュルル…」 (そうですね、どなたかがセト様に仕事を押し付けておいででしたから)
「う゛っ…相変わらず痛いトコをつくな、お前」
「キュルル」 (それが事実ですから)
「…まぁそれはいいとしてだ」



(フン、珍しい。アズラエルには随分と素直ではないか?)
これがジブリールならどんな寝起きの悪い人間でも起きざるを得ないほどの言い争いになっているはずだし、イブリースなら即座にバーストストリームが炸裂しているはず。
(そういえば…アズラエルとは余り争ったという覚えがないな)
最愛のしもべである青眼×3は我が半身とも言うべき存在。
ソリッドビジョンもなしに実体化するのは確かに非ィ科学的と言えなくもないが、青眼ならばその現実も受け入れられる。



「この寝顔…ホントに寝てるときだけは天使だよな」
「キュゥ〜?」 (瀬人様はいつだってお綺麗ですよ?)
「ま、それもそうだが…こんなあどけない寝顔ってのは、普段のアレから比べたら誰も信じないぜ?」
「キュルル、ルルル」 (瀬人様はお優しい方です。そんなことも判らぬ者が愚かなだけです)
「ま、俺もこんな可愛い寝顔を他のヤツに見せる気にはなれないし」
「キュウ…」 (それは同感ですね…)
「あ、海馬には言うなよ? 『可愛い』なんて言われたと知ったら、また激昂するからな」
「キュルル…ルルル…」 (判っております…くれぐれも内密に…ですね)
「ああ…じゃ、俺は帰るぜ。海馬は…もう少し休ませておけよ」



ふわりと風が動いて、ヤツの独特の気配が消え去る。
と同時にアズラエルも静かに空気に溶け込むようにカードへと戻っていき ―― 俺は目を覚ました。
「フン、しっかり聞こえておったわ」
手元の時計を見れば、仮眠を決めてから2時間ほどしかたってはいない。
だが、頭は先ほどとはうって変わってすっきりしているし、耳元での会話にせいか、すっかり目も覚めてしまった
「恥ずかしいことを言いおって…」
勿論あの場で起きていたら、今頃は更に寝込まされることになっていたのは間違いないだろう。
それを思えば、蒸し返すのは得策ではない。
だから、
「まぁ、良い。俺も秘密にしておいてやろう」



そう呟くと ―― 海馬はどこか楽しそうにベッドから起き上がった。






Fin.

ウチの青眼×3の中では、アズラエルが一番大人です。
…というか、古代ではアイシスのやり方をちゃんと見ていたから。
流石のファラオも、このタッグには適わなかったらしい…?

2004.11.21.

Silverry moon light