緑07:夜の街(闇バクラ×瀬人)
「あれ?」
レジで受け取った釣銭を財布にしまいながら、ふと宿主が呟いた。
「今の…海馬君じゃなかった?」
「はい?」
思いっきり声に出して尋ねるから、レジのねーちゃんがびっくりする。ったく、他人には俺が判らねぇんだから、外では気をつけろって言ってるのに。
尤も、
「すみません、なんでもないです」
ニッコリと微笑んでそう応えれば、女なんかすぐに騙される。人のことをどーのという割には、ウチの宿主も中々のタラシだぜ。
とはいえ流石に宿主も気恥ずかしかったのか、急いで外に出てみるが ―― 案の定。そこにはめぼしい姿どころか、猫の子1匹いやしない。
『シャチョーがこんなところにうろついてるわけがねぇよ』
ましてや ―― 時刻は既に午前二時も回っている。幾らワーカーホリックなシャチョーでも、もう家に帰ってるだろうし。
そもそもこんな表通りから外れた店の前なんて、ご愛用のリムジンが通れるわけもないぜ。
だが、
「ううん、違うよ。歩いてたんだ」
俺の思考を読み取った ―― 何せ身体を共有してるからな。このくらいは宿主にも判るだろう ―― そんな反論を言う宿主だが、
『それこそ見間違いだろう? アイドル並みの過密スケジュールを詰め込んでるシャチョーだぜ。徒歩でこんなところにいるわけがねぇ』
「そうかなぁ。でも襟元と手首にファーのついたミンクのコートなんて着れるの…この町じゃあ海馬君ぐらいしかいないんじゃない?」
…それは一理ある。でも ―― と言い返そうとしたが、
「ま、いいや。寒いし、夜中の街なんて怖いじゃない。家までキミに頼むね、バクラ♪」
「ああ? おいっ、ちょっと待て…ったく」
一瞬のうちに心の部屋に引っ込んで。くそっ、てめぇが突然プリンが食べたいなんていうからコンビに来たんだろうが!といいかけるが ―― ま、いいか。
どうせ俺は闇の生き物。3000年を過ぎ去っても、やはり昼間よりは夜のほうが心地いい。
それに確かにあまり治安の良くないこの辺りでは、外見だけは女のようにひょろっちい宿主じゃあカモってくれと言っているようなものだ。
ま、そのときは俺が黙ってはいないがな。
そんなことを思いながら近道の路地裏に入れば ―― そこには既に先客がいた。
しかもその客は ―― いかにも上等そうな白いコートの長身の麗人。
「うわっ、マジかよ? 何だってこんなところにいるんだよ、シャチョー?」
「…なんだ、今度は貴様の方か。ならコレを何とかしろ」
そう言ってしゃくった顎の先には、いかにも人相の悪そうなおっさんが数人。ご丁寧に手にはナイフや銃もあって、
「何やってるんだ? 知り合いか?」
「さぁな。消耗品の顔など覚えてはおらんわ」
つまり、今までにも何回か襲ってきたかもしれないどこぞの殺し屋とか言うやつか。まぁそれは構わないが…なんでオモチャ会社の社長が命を狙われるんだ?
「どうやら用事があったのは剛三郎にだったらしいが、あいにくこいつらにはあの世と通信する手段はないらしいぞ」
「フン、そういうことか」
要は昔の ―― まだ海馬コーポレーションが軍需産業をやっていた頃の敵対会社ということか。
どーせシャチョーのことだ。ついでに…っていうか、さっき「今度は貴様の方」っていったよな? ってことは…
「もしかして、シャチョーってば、俺サマがここに来るのを見越してこいつらを挑発したんじゃ…?」
「貴様もいい運動で身体が温まるだろう?」
はいはい、さよですか。ったく、相変わらず我侭なお姫サマだぜ。
「…で、シャチョーはどういう風の吹き回しで?」
後方にうごめく物体には気にも留めず、障害物がなくなればスタスタと歩き出すシャチョーを追うと、
「別に。ただ接待で少し酒を飲んだ。酔い覚ましに歩きたくなっただけだ」
「いつもの護衛のおっさんは?」
「深夜残業の上に危険手当では経費の無駄遣いだ」
「…シャチョーん家とは方向が違うぜ?」
「散歩だ」
俺の ―― 宿主のマンションの方へ? そりゃねぇっていうか…ったく、素直じゃねぇな。
まぁ素直なシャチョーってのも、ある意味怖いか。
「しょーがねぇな。じゃ、俺サマがお供してやるぜ。アンタにゃ夜の街は危ねえよ」
「…勝手にしろ」
振り向きもせずそういうと、だがほんの少しだけ歩くスピードがゆっくりになったような気がした。
Fin.
バク瀬人だと、どーもうちの社長は
やりたい放題にみせかけて甘えそうな気がします。
バクラも甘やかすの好きそうだし。
問題は、社長に甘えているという自覚がないことですね。
2004.12.11.