緑14:君がいれば(モクバ&瀬人)


授業終了のチャイムと同時に教室を飛び出すと、オレは校門の前に横付けされているリムジンに飛び込んだ。
「お帰りなさいませ、モクバ様」
「ああ、いいから早く車をだせよっ!」
「…かしこまりました」
多分、授業が終わるよりかなり前から待っていたのだろう。それなのに自分よりも遥かに年下のオレに怒鳴られて、でも磯野はいやな顔一つせずに車を発進させた。
尤も、その視線は相変わらずのサングラスで見えないぜぃ?
バックミラーに写っている磯野の表情は、あくまでも冷静なまま。その後ろでイライラしている自分が、酷く子供じみて見えるのが気に障る。
でも、取り繕っている余裕なんかないぜぃっ!
だから、
「兄サマに変わりはないだろうな?」
何かあったらただでは済まさせないと、暗に脅しをこめて尋ねれば、
「はい、お変わりありません」
ということは、ちゃんと屋敷にいてくれているということ。
それは、ずっと一緒に住んでいてもどこか遠くの世界に行ってしまったような気がしていたあの頃から比べれば、ずっとうれしいことだけど。
でも、「変わらず」ということは ――
「そっか…まだ、『こっち』には帰ってこないのか…」
身体はそこにあって触れることもできるのに、兄サマの心はどこか遠くの世界に行ってしまっていた。



そもそもは、遊戯のじーさんが素直に「青眼の白竜」を兄サマに渡さなかったのが原因だ。
この世界に4枚しかないという光属性最強のカードを、デュエルの貴公子とまで言われた兄サマが見逃すはずがない。
だから一度は騙し取ったものの、そのカードをかけたデュエルで兄サマは初めて遊戯に負けた。
勿論兄サマがそのまま黙っているはずはなく、すぐにリベンジにDEATH-Tを発動させたのだが ―― 結果はまたもや遊戯に負けた上に、マインドクラッシュという闇の罰ゲームを与えられてしまった。



『海馬は闇の中で自分の心の欠片を拾い集めている。バラバラになった心のパズルをもう一度作り直しているんだ。いつの日か…パズルを解き明かした時、奴は必ず戻ってくる』



そう、遊戯は言っていたけれど…。



「ところでモクバ様。このようなことを申し上げるのはどうかと思ったのですが…」
そろそろ屋敷に着こうかという頃になって、不意に磯野がそんな事を言い出した。
「実は…会社の方に少々不穏な動きがあるようです」
「何だって? どういうことだよ?」
咄嗟にそう聞き返したが、大体予想はついている。
兄サマが剛三郎から海馬コーポレーションを奪って最初にやったことは、あの男の腰巾着だった重役 ―― 通称、ビッグ5の解雇だ。
そしてメインだった軍需部門を撤退し、アミューズメント部門を強化させたこと。
当然、この突然の転換についてこれなかった連中は山のようにいるはずだぜぃ。
でも、兄サマがそんな危険を冒してまで拘ったのは、オレと兄サマの夢をかなえるため。
そのために兄サマがどんなに苦労をしてきたか、オレが一番良く知っている。
「フン! 兄サマの邪魔は誰にもさせないぜぃっ! 今度はオレが兄サマと、オレたちの夢を守るんだからな!」



「ただいま、兄サマ。今日、学校でね…」
日当たりのいい部屋の窓際で、車椅子の兄サマにはオレの声も聞こえてはいないだろう。
でも、それでもいいんだ。
「兄サマの守ってきたものは ―― オレが絶対に渡さないぜぃ」
兄サマがいてくれるだけで、オレは誰よりも強くなれると思うから。



そしてそのことは ―― 兄サマも同じだってことを、オレはまだ知らない。






Fin.

健気なモクバってすきだなv。
兄サマがあーゆーヒトなので、常識には聡いでしょう。
ある意味、遊戯王界で一番将来有望株ではなかろうかと?
(但し、兄サマ限定ですか?)

因みに、BGMは米米クラブの「君がいるだけで」でした。

2005.05.14.

Silverry moon light