緑15:笑おう(海馬瀬人)


「よく見ておけ、瀬人。これが勝負に負けるということだ!」
そういい残して空を飛んだ男は、決して舞い上がることはなく、その身体を無様に地面に叩きつけていた。
それをまっすぐ眼を背けることも無く見ていたのは、男をそこまで追い詰めた張本人である少年。
そしてその少年は ―― そのとき確かに笑っていたのをその場にいた人間は確かに見ていた。



「お待ちください、瀬人様っ! あ、いえ、社長っ!」
マホガニーの机に肘を突き、組んだ指の上に顎を乗せて見ている瀬人の前で、その男たちはいっそ見事だと思うほどに顔色をコロコロと変えていた。
考えてみれば、自分の子供よりもはるかに若い瀬人 ―― 下手をすれば、孫と同年代かも知れない ―― に、敬語をつかうことさえ癪なのだろう。
どこかその表情には卑屈めいた翳りがあり、見苦しいまでの追従をほざきつつも、その目が決して笑ってはいないことは一目瞭然である。
「煩い連中だな。不満があるというなら、この海馬コーポレーションを辞めればよかろう?」
「いや、しかし…」
「そもそも貴様達がこの俺に意見を言える立場か? 身分をわきまえろ! 現在の社長はこの俺だ。貴様らは使用人でしかないのだぞ!」
確かに成長期ではあるが、瀬人は未だ16歳になったばかりの子供である。だがその態度は既に子供の域から抜け出し、支配者の風格を身に備えていた。
にっこりと微笑めば可憐とも称される美貌は冷たい仮面のように研ぎ澄まされ、凍てつく氷の瞳が蒼く大人たちを貫いている。
中には、その身を組したものもあったのだが ―― ベッドで見せた哀れな少年の無垢さは微塵も残してはいなかった。
恐らく。
次に同じような行為を強制すれば、今度は己のほうが食い殺されることだろうと思うほどの残忍さで。
いや、既にその牙は研ぎ澄まされ、喉笛に突きつけられているのは明らかだ。
「強者が弱者を支配する。コレはあの男から学んだことだが、貴様らにとっても同じことだ。二度は言わんぞ?」
そういってニヤリと微笑んだ瀬人の表情は、獲物を前にした野性の獣にも似た美しさを兼ね備えていた。



すごすごと引き下がる重役 ―― 既に脳裏には「元」の字が付け加えられている ―― を追いやって、瀬人はあの男が身を躍らせた窓辺に佇んだ。
「たかが一度の負けで人生を投げるなど…所詮、貴様にとっては、会社などその程度の価値でしかなかったということなのだな」
死の商人と陰口を叩かれ、実際にどんな汚い真似をしようと ―― 年端の行かない子供であった自分を道具として利用してまでも、会社のためにとせせら笑っていた男だったのに。
たった一度の敗北で己の命まで捨てるなど、許せる所業ではないというもの。
そう、自分ならば、そんな真似は絶対にしない。
海馬コーポレーションの乗っ取りなど、瀬人にとっては未来に立ち向かう過程の一つにしか過ぎない。
命でさえアンティに賭けられるものではあるが、むざむざ手放す気は毛頭ない。
護るべきものは確かに存在し、そのためならどんなことでもやり遂げる覚悟は既に付いている。
だが、それでも。
そんな希望でさえも打ち砕いた男が、あっさりと負けを認めたことは許せなかった。
だからあんな男に囚われていたと思うと ――
「くくっ…見ていろ。俺は絶対に貴様を乗り越える」
そう呟く口元は、確かに笑っているように見えた ―― 。






Fin.

突然の鬼畜&ダーク書きたい病勃発中につき、訳のわからん話になっております。
そういえば、KC乗っ取り直前の瀬人の話もプロットは温めているんですが…
このままではゆで卵になってしまいますっ!
…再放送でノア様が出る頃までには何とかしたい…。(切実っ)

2005.06.05.

Silverry moon light