緑17:子猫(城之内×海馬)


天気予報によると、今夜辺りに童実野町を台風が直撃するということで。
重厚な海馬邸がたかが台風ごときでどうなるとは思えなかったが、そこは弟思いの海馬である。
珍しく定時で仕事を切り上げると早々に屋敷に戻ったのだが、
「兄サマ、お帰り!」
久しぶりに早く帰ってきた海馬を出迎えに現れたのは、モクバだけでなかった。



「おーす、邪魔してるぜ?」
「…」
いつもなら、速攻で邪魔だ、帰れといわれるところだが、なぜかこの日はそれがなく、構えていた城之内は逆に心配になって海馬の顔を覗き込んだ。
「どうした? そんなに疲れてるのか?」
「貴様に心配されるいわれはない。それよりも、ソレはなんだ?」
そう言って海馬が指差したのは、城之内が抱き上げている白い物体である。よほど城之内の腕の中が気持ちいいのか、ごろごろと喉を鳴らしてくつろいでいるのだが、
「…お前、猫も知らないのか?」
「それが猫だということは判っておるわっ! そうではなくて!」
「だって、台風がくるんだぜ? 可愛そうだろ」
大体、城之内に理路整然とした説明を求める方が無理というものである。これでこの二人が恋人同士だというのだから ―― まさに世の中は奇跡と不条理に満ちている。
尤も、この二人にとって幸いだったのは、お互いの弟妹が実年齢以上にしっかりとしており、更に兄たち以上に常識を持ち合わせていたということだろう。
まぁそれはいいとして。
「その子猫、4、5日前に城之内が新聞配達の途中で見つけたんだって。それで近くの空き地で面倒を見ていたらしいんだけど、流石にこの天気じゃん? 心配だから連れてきたんだって」
5歳年下のモクバに粗方のことを話してもらいながらも、城之内はじゃれるように猫と遊んでいる。
確かに外は既に大荒れで、童実野町の一部では停電も発生しているらしい。
とはいえそんなに心配なら、自分の家で飼えばいいだろうと言われかねない所であるが、
「フン。まぁ貴様のあばら家では、その猫も落ち着かんだろうからな」
何せ築ウン十年という、建っているのも奇跡に近い古いアパートである。
もしかしたらこの台風で吹き飛んでしまっても、誰も不思議に思わないかもしれないくらい。
その点海馬邸であれば、猫の1匹や2匹転がり込んできたところで、どうこうなるものでもない。
それに何より、
「それにね、コイツ、結構人懐っこいんだぜぃ。甘えん坊で、可愛いし」
どうやらモクバの方も気に入っているようだ。
「こんなに可愛いのに、外に追い出すなんてかわいそうでさ。だからオレがいいっていちゃったんだけど…」
「なぁ、海馬。今夜一晩でいいから泊めてくれよ。コイツ面倒はちゃんとオレが見るからさ」
そういって二人がかりで頼まれれば ―― というか、モクバが頼めば海馬に否はあるはずもない。
「…モクバに感謝するのだな」
「サンキュー、海馬! モクバもありがとう、な」
「気にするなって。それよりも良かったよな、お前」
二人して大喜びする姿はこの二人の方が実の兄弟のようである。



その後、夕食も3人と1匹で済ませると、いつもなら早々に自室に戻る海馬だが、今日は珍しくそのままリビングでいくつかの書類に目を通していた。
勿論そこではモクバと城之内が子猫と戯れており ―― そんな姿を始めの頃こそはただ視界の隅にとどめていたのだが、
「ところで、イヌと猫というのは、相性が悪いと思っていたんだがな」
そんなことをポツリと呟けば、確かにイヌ並みの聴力を持つ城之内に聞こえないはずもない。
「だから、オレをイヌ扱いするなってぇの!」
それは自分をイヌと認めているってことだぜぃと、モクバとしては突っ込みを入れたいところであるが、
「ああ、そうだった。貴様はただのイヌではないからな。立派な駄犬だったな」
「ダケン? 何、それ?」
「…やはり貴様はまず、日本語から躾け直す必要がありそうだな」
「お前、ケンカ売ってんのか?」
「事実を言っているだけだ。いちいち騒ぐな、凡骨」
「 ―― ! また凡骨って言ったな!」
いつもの通りといえばそれまでであるが、海馬と城之内は言い争いというこの恋人同士ならではのコミュニケーションにはまっている。
それには子猫も驚いたようだが、それまで散々遊んでもらったせいか、やがて大きく伸びをするとモクバの腕の中で安心したように眠ってしまったようだ。
この騒ぎで眠れる子猫の神経も大したものだと思うのだが、それ以上にモクバには気がついていることがあって。
「しょうがないな」
そう呟くと、楽しそうにじゃれあっている(?)兄たちには気づかれなうように、そっとリビングを後にした。



「モクバ様。一応こちらに寝床を作りましたが?」
「ああ、サンキュー。あとはトイレを頼むぜぃ」
「はい、かしこまりました」
この悪天候の中を買出しに行かされた磯野だが、どうやら結構猫好きらしい。いやな顔もせずというよりも、寧ろ嬉々としてあれこれ世話をしてくれて、
「ところで、兄サマと城之内はどうしてた?」
モクバがリビングを後にして、既に1時間以上がたっている。しかし、
「お二人で瀬人様のお部屋にいかれました」
「そっか。ならいいぜぃ」
ホッと安心したように、モクバも胸をなでおろす。
「全く、兄サマが猫にまでやきもちを焼くとは思わなかったな」
「やきもち…ですか?」
「それしかないだろう? 折角、城之内が泊まりに来てくれたっていうのに、この子にばっかり構ってるから、兄サマってば拗ねちゃってたんだぜぃ」
何せ相手は海馬瀬人。まさか自分にも構えなんてことは、青眼にかけてもいえるはずがないということである。
そして、
「そういえば…この子猫、名前はなんと言うんですか?」
「名前? ああ、それは…兄サマにはナイショだぜぃ?」
「え? 何故です?」
「だって、この子の名前、せとっていうんだぜぃ」
まさか、普段名前では呼べないから、子猫につけて想っていただなんてことは、モクバだって恥ずかしくて、海馬に説明できるはずもないことである。






Fin.

リハビリ第一弾は、何故か城海(海城でも可?)です。
この組み合わせの場合、何故かうちのシャチョは甘えたがりさんになります。
ほら、イヌとかネコとかっていうペットって、やっぱり癒し系じゃないですか?
…全然フォローになってないですね、はい。

2005.08.06.

Silverry moon light