紫08:一握り(ファラオ×セト)


(自分がここにいることに、セトは気が付いていないのだろうか ―― ?



そんな気さえ ―― あの聡いセトのこと。そんなことは絶対にありえないのだが ―― してくるほどに無視をされて、流石のユギも苦笑どころではすまない気分になっていた。



ユギがここを訪れたときには、まだ月は中空にあって下界を青く照らしていたが、いまは西の空に傾き始めている。
確かにユギの治めるこの国 ―― オリエント1を誇る大国エジプトは熱砂の国。
周りを灼熱の砂漠に囲まれてはいるが、砂漠の気候は一日の寒暖が激しい。
日中は熱死する者があっても不思議ではない一方で、夜ともなれば凍死とはいえずとも風邪を引くものがいてもおかしくはない。
そんな夜更けにあってユギの視界の先では、大神官の衣装を纏ったセトが静かに祈りを捧げていた。
母なるナイルの水を引き込んだこの、禊の間で。



「…いい加減に出て来いよ。こんな時間じゃ、神だって熟睡してるぜ?」
そう声をかけてみても、祈りを捧げるセトは身動ぎ一つせず、その水面はただ静かに月の姿を映し出すのみ。
その、息をしているのかでさえ怪しいほどの静寂に、ユギの方が耐えられなくなる。
だから、
「大体、なんだってこんな時間に祈りなんか捧げるんだ? 一日中、神殿にいればいつだって神に祈りを捧げることくらいできるだろう?」
「そんなこと…俺の勝手だ」
やっと返事をしたところから、ああやっぱり気が付いてたなと安心する一方で、判ってて無視をされていたという憤りはやはり拭えない。
だが ―― それもセトであれば、いつものこと。
数百万の国民の中で、神官 ―― それも大神官の地位にある者など、ほんの一握りしか存在しない。
それ以上に、ファラオであるユギに対等な口調を平然と吐く者などといえばエジプト広しと言ってもセトしか存在せず、ユギにとっては他の臣下の者とは一線を画す唯一の存在。
この手の中にあっても、絶対に全てを委ねることはしない、孤高の佳人。
その身体をどんなに近くに置いても、決して心は近づけさせない ―― 遠い存在。
だから、どうあっても側に来させたいと希う存在 ―― 。



「上がれよ、セト」
そう強く言えば ―― セトは静かにユギを見て、
「…それは、『命令』か?」
「…そうだ」
「フン、仕方ないな」
勿論ユギにも聞こえるように、本当に忌々しく呟くと、ゆっくりとその身を動かした。
決して慌てることはなく殊更焦らすような動きに、紫の法衣が水面に浮かんで、まるでそれは神の御使いが降臨するようで。
だが、岸まであと少しというところで、逆にユギが水に入ってきた。
そして ―― 細い手首を掴んで引き寄せ、岸際に押し倒して唇を奪う。
「な…にをっ!」
「…こんなに冷えてるじゃないか。風邪でも引いたらどうする気だ?」
見上げてくる蒼い瞳は月より冴え冴えとしていて、逃げることも抵抗することもないが、決して媚びず気を許すこともない。
だから、掴んでいた手首を一纏めにして片手で押さえ込むと、ユギはセトの細い首に手をかけた。
「このまま右手に力を入れれば腕の骨が砕けるか、左の手に力を入れれば首の骨が折れるかもしれないな?」
手も首も細いセトのこと。手折ることなどそれこそ一握りで済んでしまいそうだから。
しかし、
「ほう、面白い選択だな。どちらでも好きな方をやってみろ。俺が貴様を殺す前にな」
一瞬その表情が青ざめた気がしたが、だがそんな翳りなどすぐに消えて。
見上げてくるのは決して変わらぬ蒼い瞳。
その孤高で気高い魂は、どんなに身体を汚しても変わることはないから ――



「いや、お前を神に捧げる気など毛頭ない。お前は俺だけの ―― 」
そう言って口付ければ ―― セトの瞳がゆっくりと閉じられていた。






Fin.

一度同じお題で書いたときはここまでシリアスじゃなかったはず。
でも、どうやら同じ話は二度と書けないらしい。

アニメのファラオが受けっぽくていやなので、せめて妄想では強気にしてみたら…
思い切りダークになってしまった。

ま、いいか。神官様も言いたいこと言ってるし(←ヲイ!)

2004.06.27.

Atelier Black-White