紫11:雨あがり(クリスチャン・セト・ローゼンクロイツ)


イングランドの荒野に降る雨は、夏でも冷たく身を切るようだった。



雨に煙る荒野では、愚かな大貴族に命じられた兵士達が、血と泥と汗にまみれて戦いを続けていた。
だがそれを命じた者たちは、はるか後方の安全な場所で豪華な料理に舌鼓し、ワインを煽り、さらにはどこぞの町で調達してきた女を侍らしているはずだ。
確かに彼らは同じ国王軍のものであるが、生憎指令系統は軍務尚書を介することになっている。ましてやあの連中には ―― 宰相の息までかかっている。
クリスにとっては、余計な災いの元と言える連中だ。
しかし ――
(俺に指揮権を渡せばよいものを! そうすればこんな戦など、1日でケリをつけてくれるわっ!)
だがそれは流石に口に出すことはできず、クリスは秀麗な顔に怒りと口惜しさを浮かばせて、戦況の行く末を見守っていた。
別に使い捨てにされている兵士達への同情等は欠片もない。
指揮官にとって兵士など、チェスの駒と一緒だ。
適材に配置し、効率よく戦況を進める。そのためには犠牲が上がるのはやむをえないことであるから ―― 最小の犠牲で最大の効果を。
それを感情ではなく理性でやってのけるのが指揮官というものだから。
だが ――



雨に濡れた身体は急速に体温を奪っていく。
だがクリスはそんなことも気にせず戦況を見渡せる丘に登ると、そこから眼下に広がる死闘をただ見ていた。
栗色の髪が雨に濡れ、白い項に張り付いている。
『薔薇十字団』の指揮官に相応しい白地に金であしらった軍服も、しっとりと水を含んで重く両肩に圧し掛かっていた。
しかし、
「グゥルルル…」
不意に雨音が遠のいたと思えば ―― 傍らに絶対のしもべが寄り添って。
まるで雨から ―― 全ての敵対するものから守ろうとしているかのように、翼を伸ばして尾を巻きつけ、頭を低くクリスの視線に合わせてくる。
「どうした? イブリース」
そっと手を伸ばせば ―― その白い繊手も氷のように冷えていて。
その冷たさを少しでも補おうというのか、そっと頬を寄せてきた。
「退屈か? イブリース」
「グゥ…ルルル…」
「もう少し待て」
そう言って戦火を見つめるクリスの瞳は、静かに燃え上がるような蒼の炎で。



やがて雨足は段々と遠のき、風に飛ばされて暗雲が流れ始める。
そして ―― 重苦しい雲の一画が切れ、にわかに陽の光が差し込めた。
「行くぞ、イブリース。俺の前に立ちはだかるものを全てなぎ払え!」
「グゥ…キシャーァッ!」



混沌の雨雲をなぎ払って、光の聖獣と孤高の魂が降臨する。






Fin.

絵的イメージは、暗雲を切り裂いて降臨される姫と聖獣です。
最近密かに青眼×瀬人(セトorクリス)を推奨モード。
水曜アニメの青眼瀬人セト瀬人に発狂中とも言う。

2004.08.03.

Atelier Black-White