紫18:心のアルバム(モクバ&瀬人)


「瀬人様って、本当にお綺麗ですよね」
そんな話し声が聞こえて、オレはふと立ち止まった。
「あんなに綺麗な方がいらっしゃるなんて…しかも男の方だなんていうんですもの」
「そうよね。なまじっかな芸能人なんかじゃ足元にも及ばないわね」
「そういえば、前に週刊誌で読んだことがあるんですけど。瀬人様ってお母様似なんですって」
「では、お母様もさぞかしお美しい方だったんでしょうね」
話し声は、海馬邸の1階。吹き抜けのホールになっている玄関の入り口付近で、どうやら使用人たちが兄サマの噂をしているみたいだ。
あの声は、最近入ったと言う若い(と言っても、この家でオレより年下はいないけど)メイドだと思う。
勿論うちの使用人になるにはかなり厳しい試験や面接があるけど、それでも希望するものが多いのはやっぱり兄サマに憧れて来るヤツが絶えないから。
…っていうか、第一希望理由はそれがダントツトップなのは当然だぜぃ。
だって、ホントに兄サマは綺麗だからな!



「母サマ…か。どんな人だったのかなぁ?」
ふと、階段の踊り場に飾られたでっかい鏡を見てそんなことを考える。
そこに映っているのは、兄サマとはぜんぜん似ていないオレの姿。
兄サマみたいに背が高くないし、髪は真っ黒でボサボサだし、眼の色だって…。
兄サマが母サマに似ていたというなら、オレは父サマに似ていたのかな?って思ってみるけど、オレが生まれてすぐに亡くなったという母サマと、その後を追うように亡くなった父サマの顔なんて、オレは殆ど覚えていない。
その上オレの手元には父サマのも母サマのも写真は1枚も残っていないから、判らない。
大体海馬家に引き取られる前の写真は、兄サマのすらないし、そのあとだって、プライベートなものは殆どないのが現実。
昔の写真を処分したのは兄サマらしいけど、引き取られてからは ―― プライベートなんてあの剛三郎の頭にあったはずがないからな。
だから唯一の写真は ―― オレと兄サマがそれぞれ分けて持っている、あの施設のときに撮った写真だけ。
オレの持っている写真の中で、兄サマは今ではオレにだけ見せてくれる優しい笑顔で笑っている。
たった一つの ―― オレの宝物だぜぃ。



「お帰りなさいませ、瀬人様」
ふと玄関が開いて、慌ててメイドたちが出迎えに走る。
そんな気配を察して、オレも階段の手すりから下を覗き込んだ。
そこにいたのは、いつもの白いスーツ姿の兄サマ。ちょっと疲れてるのかな。いつもにまして無表情に出迎えを受けている。
でも、
「お帰りなさい、兄サマ!」
「モクバ? ああ、ただいま」
オレの声に見上げてくれる蒼い瞳は、他の誰にも見せない柔らかい輝きで。
今までの無表情が嘘のように、綺麗な笑顔で答えてくれる。
そっか。写真なんかいらないんだ。
だって、どんなに綺麗に撮ってみても、オレを見てくれるホンモノの兄サマには適うわけがないんだから。
俺に向けてくれる笑顔の兄サマが、いつでも最高の兄サマ。
どんな表情も姿もオレの心のアルバムにストックすることは、いつだってできるんだもんな!






Fin.

例え本誌が終わっても、アニメの新シリーズで出てくれなくても!
浅葱の心のアルバムにはちゃんと社長が♪
…何故かローブデコルテなのはおいといて。

2004.10.09.

Atelier Black-White