紫19:伸びたシャツ(城之内×海馬)


「だってよぉ、突然降ってきたんだぜ!」
そんなことを言いながら海馬の前に立ったのは、最近すっかりいついてしまった野良犬だった。



見れば全身びしょぬれで、校則に抵触しないのかと思われる金に染めた髪も、一張羅だという学生服も水を含んで重く身体にまとわりついている。
これで濡れたのがモクバ辺りならば、あわてて風呂を沸かしすぐさま着替えさせるところだが ―― あいにく馬鹿は風邪もひかないということだから。
「今朝の天気予報を聞かなかったのか? 降水確率90%と言っていただろう?」
「あ、そうだったのか? でもさ、ウチにテレビなんてないからよ」
そもそも今月は電気も止められる寸前だし、と苦笑する。
一応同じ勤労学生。だが、片方は年収数千億という大企業の社長で、もう一方は、その日に食べるものにさえ苦労する貧乏所帯。
テレビがないならインターネットでと言い掛けて ―― パソコン自体あるわけがないのは目に見えている。
ではそれならばと、
「朝、貴様が配っていた新聞にも出ていたぞ」
そもそも海馬自身は英字新聞と経済新聞を読んでいるのだが、モクバがどうしてもというので、わざわざ城之内がバイトをしている新聞屋と契約してやったのが先月のことだ。
おかげで、殆ど毎朝顔をあわせることになっていたりもするのだが。
「バイトの最中に読むわけにはいかないだろ?」
一応、そこは新聞配達のプロを自負する城之内 ―― というか、そもそも城之内にとって、新聞は「配るもの」であって、自分が「読むもの」ではないらしい。
まぁそれはおいといて。
「とにかく、服を脱いでシャワーでもしてこい。その間に着替えと…貴様の服は乾かしておいてやる」
勿論それは使用人にやらせるという意味なのだが、なんとなくそんな台詞を前にも言ったような気がしながら内線に手を伸ばすと、
「サンキュー♪ あ、でもどーせなら一緒に入るか?」
あくまでも口調はおどけた様で。だが、あわよくばと金色の瞳が狙ってくる。
だが、
「…いっそのこと、風邪の心配もしなくていいようにしてやろうか?」
「イエ、ケッコウデス」
真冬の雨よりも更に冷たい氷の視線で言われれば、流石の城之内でも怯むというものだ。



―― ザァー…
かすかにシャワーの水音が聞こえ始めると、それを待っていたかのようにドアがノックされた。
「瀬人様、城之内様のお着替えをお持ちしました」
現れたのはこの家の家事総取締役を任せている滝山。海馬が、城之内と付き合っていることを知っている数少ない人物の一人だ。
「ああ、そこにおいておけ」
「かしこまりました。それから…濡れたほうのお召し物をお預かりします」
「その辺に落ちているはずだ。持って行け」
随分とそっけない言い方で、そもそも海馬は愛用の机に座ったまま、パソコンのキーボートを叩く手を緩めていない。
「あの凡骨のおかげで予定外の時間を食わされたわ」
そんな憎まれ口を叩きながら流れるようなブラインドタッチでキーボートを操っているが、ふと視線を感じて顔を上げた。
見れば ―― 主に負けずと劣らない氷の表情といわれる滝山が、どこか苦笑まじりに着替えをまとめている。
それが、妙に気になって ―― だが、自分から聞き出すほど素直ではない主であることは、滝山も心得ている。
だから、
「お邪魔して申し訳ありません。ちょっとこのシャツに見覚えがありましたもので」
「シャツ? それが…」
見ればかなり着込んでいるのか、すっかり首の辺りは伸びてしまっているし、裾にもほつれができかかっている。
何の変哲もない ―― 海馬からしてみれば、一度着たらそのまま捨ててしまっても構わないような安物にしか見えないのだが。
「こちらは…先日、瀬人様が城之内様に買って差し上げたものですわ。覚えておられませんか?」
「何…?」
そういわれて ―― 先ほどの既視感に気がついた。
3ヶ月ほど前にデートとかほざいてあの凡骨に外に連れ出されて、そこで雨にたたられて ―― あいにく傘の持ち合わせがなかったから、城之内が自分の上着で海馬を雨から守って。おかげで本人は頭からずぶぬれになったことがあったような。
『じゃあ、そこのコンビニで買ってくれよ。そのほうが気兼ねしねぇし』
そういわれたから、とりあえず立ち寄ったコンビニで海馬が買ってやった無印の安物。
それを ―― こんなになるまで着ていると思うと、なんとなくくすぐったくて。
「乾いたらお持ちします。城之内様にもお伝えくださいませ」
「…判った」
ぶっきらぼうに返事をしながら、視線はパソコンの画面に向けられていたが。
その頬がほんのりと朱に染まっていたことは、滝山も口には出さなかった。






Fin.

前置き、長すぎ! しかもコレ、城海でも海城でもOKですね。
お好みの方で読んでいただいて、結構ですから。(苦笑)

あまりモノには執着しない(レアカードと青眼は別)な社長ですが、
一方の城之内は、貰ったものは大切にしそうかな、と。
勿論、一番大事にするのは、くれた本人でしょうけど。(笑)

2004.10.16.

Atelier Black-White