赤20:シュークリームを2つ(モクバ&瀬人)


―― トントン
そっとドアを叩いて中の様子を伺って、でも何の返事もないからオレはそっとノブを捻った。
「兄サマ、いる?」
辺りをはばかるような声で様子を伺うと、聞えてくるのはカタカタとキーボードを叩く音だけ。
殺風景な広い部屋の中で、唯一異彩を放つように豪奢でモノに囲まれた一画。
書斎スペースのそこには物凄い集中力で仕事に打ち込む兄サマがいて ―― 勿論、オレが来たことも気が付いてないぜぃ。
全く、世間は天気のよい日曜日ですっかり行楽気分というのに、うちの兄サマときたら例のごとく仕事三昧。
尤も、会社でやると他の社員たちへの無言のサービス残業強制モードになりかねないから、最近は専ら家での仕事で抑えてくれてはいるけれど。
でも、ほどほどにしないと身体を壊すと思うんだよな。
ま、そんなこと兄サマに言っても、無駄なのは判ってるけどね。
何せ兄さまにとっちゃあ、仕事が生きがいみたいなものだから。
だから ――
「兄サマ!」
近くまで行って、ちょっと大きな声でそう呼ぶと、流石に今度は気が付いた。
「あ、ああ、モクバか。どうした?」
それでも指がキーボードから離れないのは ―― ワーカーホリックも極みだぜぃ。
尤も、そんなことでめげてちゃあ、兄サマを仕事から引き離すの無理というものだから、ここは多少強引でも…
「あのさ、近所に新しいケーキ屋が出来たんだ。試しに買ってきたから、一緒にお茶にしようぜぃ♪」
「お茶? ああ、もうそんな時間か」
「そうそう、それに折角の日曜日でいい天気だし。オレ、サンルームでお茶したいぜぃ♪」
そう言ってちょっと甘えるように腕に捕まると、兄サマはふわりとした苦笑を浮かべながらオレの頭を撫でてくれた。
「そうか…すまんな、モクバ」
それが ―― 休みの日だというのに、碌に遊んでもやれずにという意味だということはすぐに判る。
でも、いいんだ。こうしてそばにいてくれれば。
但し、身体を壊さない程度に ―― だぜぃ。
「じゃあ、オレ、準備してくるから。呼んだらすぐに来てよ、兄サマ」
「…判った」
そう応えながらもまた視線がPCのモニターに行っていて ―― ま、いいか。すぐに用意するぜぃ!



買ってきたのは、その店でも一番人気のジャンボシュークリーム。生クリームとカスタードクリームがたっぷり入った一品だぜぃ。
実は兄サマは甘いものがあまり好きじゃないけれど、オレとなら一緒に食べてくれるから。
それに、シュークリームなら仕事の片手間に食べるって訳にもいかないし。
下手すりゃ生クリームで、酷い眼にあうぜぃ…って、実はオレも経験済みだし。
それにこれだけ甘いと…食べきるにもそれなりに時間がかかる。
その間、オレは兄サマを仕事から隔離できるから。



マイセンのティーセットに今日の気分でアールグレイ。
白い皿に大きなシュークリームを2つ並べて ―― 準備はOK。
「兄サマ、こっちに来てよ、一緒にお茶しようぜぃ!」






Fin.

仕事の最中にシュークリームを食べながらPCをやって、
粉砂糖でキーボードに雪を降らせかけたのは浅葱です(笑)。
カバーしといてよかったわ。っていうか、食いながら仕事するな!
ああ、でも社長とお茶してる間、若干2名(3名?)に邪魔されないように
エマージェンシーがかけられているのはいつものこと、なんだろうな…。

2004.03.07.

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