黄08:空約束(海馬瀬人)


ビジネスランチを済ませて戻ったオフィスで受けた電話が、その日の午後を支配していた。



『明日 ―― 冥界の神殿にて戦いの儀が行われます。ファラオの魂と戦うのは現世の遊戯。そして、この儀でファラオが負ければ、その魂は冥府へと旅立つことに…』
「フン、わざわざの連絡など結構だ。俺には関係ない。勝手に貴様らでやっていろ!」
ガシャン!と叩きつけるように受話器を置くと、ビックリしたようにモクバが見上げてくる。
「兄サマ?」
「…なんでもない。それより明日の視察の件だったな」
「う、うん…あ、これが資料だぜぃ。眼を通してくれる?」
「判った」
短く応えて仕事に戻る ―― が、今の電話が心をかき乱しているのは手に取るようにわかっていた。
既にバクラの魂は千年リングに封印され、獏良の手から遊戯へと渡されていると聞く。
そして今度はもう一人の遊戯が ―― あるべき場所へ還ると。
(フン、オレには全く関係のない話だ! そもそもあんなオカルト狂いなど、いなくなった方がせいせいするわっ!)



『春になったらよ、花見しようぜ、社長v。オレ様が愛情込めて花見弁当作ってやるからよ』
思いのほか手先が器用だった、自称3000年前の盗賊王。
忘れた頃にふらりとやってきては、アレコレと世話を焼きたがり ―― 人の家の厨房を漁っては簡単な料理くらいなら作るのは手早かった。



『負けたら罰ゲームっていう約束だったよな? 温泉行こうぜ、海馬♪ なんだったら近場の健康ランドでも良いけど?』
唯一、このオレに勝ち越した忌々しいデュエリスト。
3000年前の名もなきファラオの魂などと言っていたが、そんな非ィ科学的なことをこの俺が信じるとでも思っていたのか! 貴様は貴様、武藤遊戯以外の何者でもないわっ!



―― そう、強がってみても、それでも心は何故か痛い。
判っている。この痛みはこれからずっと己にのしかかると言うことを。
もう過去には戻れない。俺は自分の夢を叶えることを選んだのだから。
だからここにいるし ―― 過去は振り切ったはずだった。
だが ―― 思い出した。余りにバクラは花見、遊戯は温泉〜と煩いから、確かKCの数ある保養所の中でも桜の名所である伊豆の保養所を春先に予約しておいたはず。
もちろん宿泊で、俺と遊戯とバクラとで…。
「おのれ…あのセクハラ男に凶悪盗賊め。この海馬瀬人に空約束をさせおったな」
そう思うと、もはやいてもたってもいられないほど、怒りに満ちてきた。



「モクバ、明日の視察はキャンセルだ。これからエジプトへ行ってくる。磯野! すぐに手配をしろ!」
「え? ちょっと兄サマ !?」
エジプトからの国際電話を受けてからずっとなにやら物々とうなっていた兄サマが、急に立ちあがったかと思ったらそんなことを言い出して、流石のモクバも慌てずにはいられない。
尤も、こうなるのでは? とは、思っていたと言うのも事実だが。
「ワハハハっ! この俺に黙って成仏など、誰が許すものか! いや、いっそのことこの俺自身が引導を渡してやるわっ!」
この俺の労力を無駄にさせるなどと、もってのほか!
空約束をさせたことを、後悔させてくれるわっ!






Fin.

…で、本誌最終回で浅葱が書いた、「Return to …」に続くわけですね。
あはは…(笑)
花見と温泉…いいですねぇ〜是非行ってきて下さい。
っていうか、これって、もしかして社長、二股ですか?

2004.03.24.

Silverry moon light