黄09:鉄棒(城之内&モクバ)


夕日が沈みかけた小学校のグランドで、城之内はその小さな影を見つけた。
「モクバ…?」
右から段々と高くなっていく鉄棒の真中辺りで、一生懸命に逆上がりをしているのは、紛れもなくその少年で。
その、いつにない真剣さについ声をかけそびれて見ていた。



「何だよ。いるならいるって、声くらいかけろよなっ!」
成功して上に上がったと同時に見られていた事に気が付いて、年の割にはプライドが高い ―― こういうところは兄とよく似ている ―― モクバは、プイっと顔をそむけた。
その頬が少し赤いのは、沈みかけた夕日のせいばかりではないはずだ。
「悪ィな。あんまり真剣だったからよ」
「フン、当然だぜぃ。オレはいつだって手を抜いたりしないからな!」
と誇らしげに胸を張る姿は、小学生ながらにも悦に入っている。
確かに目の前の少年は、ただの小学生ではない。
世界に名だたる海馬コーポレーションの副社長。
そして、あの海馬瀬人の弟だ。
とはいえ、城之内から見れば普通の ―― かなり小生意気なところはあるが ―― 小学生と変わりない。
「何? 体育の練習か?」
「いや、ちょっと鍛えようと思って…」
そう言って少し恥ずかしげに俯くところは、あいにく実の兄とは雲泥の幼さである。
「鍛えるって…鉄棒で、か?」
「ああ、腕の力がつくだろう?」
「そりゃあ…っていうか、」
(あのメチャ重いジェラルミンケースを持ち運んでるだけでも、結構な筋トレになってると思うけどな)
と思うのは、そのジェラルミンケースで危うく殴り殺されそうになった経験がある城之内だからに他ならない。
それに海馬コーポレーションの財力を持ってすれば、どこのスポーツクラブでも専任のインストラクターを雇ってカリキュラムを組む事も可能と思えるのだが?
「しかし、またなんで?」
と当然の理由を聞けば、モクバはフンと鼻で笑って挑戦するような眼で城之内を見上げた。
ついでに、思いっきり指差して、
「お前にも言っとくぜぃ! 今はまだ無理かもしれないけど、近い将来、兄サマを守るのはこのオレだからなっ! 絶対、お前らには渡さないぜぃっ!」
さりげなく複数形であるのが癪だが、言いたい事は良く判る ―― ような気がした。
「ふぅ〜ん、そりゃあ、聞き捨てなんないな」
「お前らと違ってオレはこれからどんどんでかくなるからな! その時になって吠え面かいたってしらないぜぃ!」
そう言うだけ言うと、モクバはやがて現れた迎えの車にさっさと乗り込んでしまった。



残されたのは ―― ちょっと意表をつかれた感じの城之内。
だが、走り去る車を見送りながら苦笑すると、
「…こりゃあ、うかうかしてらんないかもな」
そう呟いて、一番高い鉄棒に飛びついた。






Fin.

モクバって、将来性は有望株だと思うんですけどね。
高校生くらいになったら、却って社長よりデカクなってたりして。
それに、がっしりしてそうだから、やっぱ社長のナイトには良いのでわ?
今だって、十分にナイトではあるけどね。

2004.04.08.

Silverry moon light