黄11:からっぽ(神官セト)


今にも崩れ落ちそうな宮殿の廃虚で、セトは手にした千年錘を胸に抱いた。
『オレの王位を継承し、新たなるファラオとなってくれ!』
それまでの混乱が嘘のような静寂の中、かすかにそよぐ風が足元の砂を浚っていく。
つい先ほどまでそこにいたファラオの痕跡は風となり、ただ静寂だけが残っていた。



「…勝手な事を言うな」
ファラオの地位など、一度たりとも望んだ事はなかった。
セトにとってのファラオはただ一人 ―― なりたかったのは、それを守るべく存在である。
そのためにどれだけの犠牲を払っても構わなかったし、そのためなら些細な犠牲も構わなかった。
そう、己の身さえ犠牲にしても、
誹謗も中傷も ―― 汚名さえ被っても構わないと。
それなのに…
「貴様は…いつもそうだ。勝手に決めて、勝手に…俺を置いていく。何も残さずに…」
あの男が愛した国と民。
それは確かにセトに残されたものではあるけれど。
だが ――
「…いいだろう。それが貴様の望みなら。俺は貴様の代わりに新しきファラオとなって、この国を守ってみせる。だが ―― それだけだ」
「キュウ…ルルル…」
寄り添うように控える青眼に、セトはそっと手を差し伸べる。
「もはや、俺にはお前だけしかいない。他の心など無用だな」
残された者が生き長らえたからといって、それだけで幸せになれると思っているのか。
一人取り残されることが幸せだと思うのか?
ただ一人で ―― この先も生きよというのか? あの男は。
「側にいると…言ったくせに」
ずっと「側にいる」と ―― 「側にいろ」と言ったのに。
取りすがる亡骸さえ残さないで消えるなど、あまりにもあの男らしくて ―― 涙さえ出てこない。
だから ――



砕かれることなく残された唯一の千年錐。
今度これに封印するのは、セト自身の心。
あの男の思い出も、共に歩んだ記憶も、全てこの中に封印して。
残された未来を、からっぽの心で歩いていく。
もう二度と ―― 満たされることはないから。






Fin.

…あちゃ、めちゃ暗です。
このお題、最初はマインドクラッシュのモクバsideで書こうと思ったんですけど…
気が付いたら神官セト(WJバージョン)になってました。(苦笑)
WJの08号、まだ家にあってよかったわ。

2004.04.20.

Silverry moon light