黄17:朗読(W獏良)


英語のリーダーの時間。
いつもの調子で出席番号から教師が名指ししたのは、滅多なことでは授業どころか学校にすら姿を現さない、海馬瀬人。
その人選には、指名した教師は青ざめ、教室にいた男子生徒の殆どが教師に対する憐憫の視線を向けたのは当然のことと言ってもおかしくはなかった。
何せいつも殺人的にお忙しいKCの社長サマは、例え学校にきたと言っても、席に着くと同時に開くのは常に最新データを搭載しているノートパソコンで、それは授業中だろうとお構いなしである。
前に一度、なにをトチ狂ったかそれを注意した教師がいたが ――
可愛そうに、自信を持って出した問題の全てを一目で解かれ、あげくにこの程度の問題に1時限をかけるなど無駄なことこの上ないわ、わはは…と一笑されたのち、いつの間にか転属になっていた。
だから、また犠牲者が名を連ねるのか…と誰もが思ったのは仕方がないと思う。
ところが ――
「…どこを読めばいい?」
不意に問われて ―― 獏良は思いっきり海馬を仰ぎ見た。
「え? あ、32ページの5行目から」
「そうか、ついでに教科書も貸せ」
「ん、いいよ」
一応授業は聞いていたものの、頭の中では新しいゲームのシナリオを考えていた獏良である。
まさかこの隣の席のクラスメイトが、仕事の手を止めて授業に参加するとは思わなかったのだ。
もちろんそれは、他の連中も ―― 指名した教師も同様だったらしい。
「 And the dragon stood on …」
獏良の示したセンテンスを読みはじめると、流石に驚愕の渦は消え去り、残ったのはその見事なクィーンズイングリッシュに対する賞賛の羨望のみ。どうやら読むことには構わないが、教科書を出すのは手間だったらしい海馬は、獏良の教科書をともにもちながら、まるで歌うように読み上げていた。



(へぇ…海馬君って、睫長いんだ)
耳障りの良い流暢な英語に、もとからイミなど判っていない城之内や遊戯は、まるで子守唄を聞いているようにうとうととし始め、卒業後アメリカに行くと宣言している杏子や、すでにアメリカでゲーム製作に携わっている御伽などは感心するように聞き入っている。
そして、すぐ隣の席でその声を聞いている獏良といえば ――
『おい、宿主サマよぉ〜。頼む! この時間だけ、変わってくれ!』
(何言ってんの? 英語の授業なんか、キミに判るわけないでしょ!)
『だってよぉ〜。セトが読んでるんだぜ? 』
(海馬君が読んたって、判らないものは判らないでしょ?)
小うるさいもう一人の自分にそう言い放つと、再び耳を傾けた。
『そりゃあ…イミなんぞ判らねぇが…でもイイ声だぜ。これだけで一発抜け…』
―― バキッ!
不意に朗読の声が途絶え、海馬が奪った教科書で獏良の頭を殴っていた。
正確には ―― バクラの頭を、である。



折角の至福の時が、コイツのせいでおじゃんかよ、と。
一部のクラスメイトが授業が終わるまでの十数分、がっくりと残念に浸るのはそのすぐ後であった。






Fin.

↑の英語の部分は、「黙示録」の一節です。
しかし…最近、バク獏って好きです。
あるイミ、遊戯王界の中で一番の親友(?)同士ではないかと。
勿論、主導権を握ってるのは表様のほうで。

でもって、社長も闇人格の考えそうなことは想像つくよという感じで。

2004.05.11

Silverry moon light