黄19:ビスケット(モクバ&瀬人)


―― ポケットの中にはビスケットが1つ ポケットを叩くとビスケットは2つ



控えめなノックとともに、モクバがそっと顔を出した。
「兄サマ、お茶の準備するけど…手が空く?」
最近、自宅で仕事をすると、必ずと言ってもいいほどにモクバがティータイムをセッティングしてくる。
仕事の時間を邪魔されるのは本来好まない海馬であるが、相手がモクバなら話は別らしい。
「ああ、10分ほどすればケリがつく」
「10分だね? OK、じゃあ、サンルームの方に準備しておくね」
そう言ってニコッと笑うモクバの笑顔は、海馬にとって何よりの安らぎで。
どんな懸案を抱えていても、ふと表情が緩むのは止められない。
―― この笑顔を守るためなら、どんな手段も厭わない ――
夢を現実にするという誓いとともに並立する「願い」。
それこそが海馬にとっての原動力でもあるから ―― 。



ノートパソコンの電源を切ってサンルームに向うと、ふと聞こえてきたのはモクバが口ずさむ童謡だった。
その歌声を聴きながら、ふと思い出すのは昔のこと。
両親を亡くして入れられた施設でのこと。
思えば割と良心的な施設であったが、それでも財政的には厳しいものがあったのだろう。
育ち盛りの子供を十数人抱えていたため、おやつなどは本当に些細なものが多かった。
いつだったかそのおやつにビスケットが出て ―― 1人1枚などと、今から思えば腹の足しにもなりはしない。
『魔法のポケットがあればいいのにな。そうしたら一杯増やして兄サマと食べるのに』
そう言って勿体なさそうにするモクバを見ながら、海馬は自分のビスケットをポケットに入れて上から叩いた。
『ほら、モクバ2つになった。1つはお前のだ』
『え? でも、兄サマ…?』
『2人で食べた方が美味しいだろ?』
そういって手渡すと、同じようにモクバも自分のビスケットをポケットに入れて上から叩く。
『兄サマ、オレのビスケットも2つに増えたよ。1つは兄サマにね』
『そうか? ありがとう』



叩けば割れて ―― 小さくはなるけど数は増える。
そうやって分け合って生きてきたのに、いつの間にかそんなことも忘れていた。
今は ―― モクバの笑顔ばかり自分が貰っているような気がする。
「フッ…悪い兄だな」
自嘲気味に笑う海馬に、ようやく気がついたモクバが微笑みかけた。
「兄サマ! お茶にしようぜぃ!」
「…ああ、今行く」
そう応えて浮かべる笑顔が、モクバの支えになっていることを、海馬だけが知らない。 .






Fin.

…♪〜ポケットの中にはビスケットが1つ…
…コレ、マジにやられると、母は洗濯が大変です。
ま、ポケットの中に、ダン○虫よりはマシだけど。

2004.05.17.

Silverry moon light