09.じぇらしぃ (ヘンリー×クリス)


「仕方がありませんわ。陛下には国王としての責もありますから」
イシュタルがそう宥める様に言えば、クリスは白皙の頬を朱に染めて肩を震わせた。
「…あの男が大人しく王座に座っているようなヤツか? どうせ今頃は城下に出て、デュエルにでも興じているとしか思えんな」
まるでたった今見てきたかのように断言するのは ―― 事実、つい最近までそれが日常だったと知っているから。
しかし、
「でもクリス。今日もこんなに花やドレスが届けられてますわ」
それほどまでに愛されているなんて♪と、半ば冷やかし半ば呆れ気味に、最先端のデザインを誇る優雅なドレスや装飾品がこれでもかと詰められている箱を開けて見せれば ――
「戯けっ! ドレスなど受け取って喜ぶ男がいるかっ!」
「あら? でも本当にお似合いですわよ♪」
「 ―― !!!」



長かったイングランドの内乱が終わって数ヶ月。
その終結の際に命に関わる大怪我をしたクリスが目を覚ましたのは、チューダー家の発祥の地でもあるアングルシー島の精霊の森にある離宮の寝室だった。。
この森は内乱に追われた精霊たちが避難に訪れるほどの聖地であり、傷を負ったクリスの養生には適地といえた。
実際にはクリスだけではなく、半身とも言えるブルーアイズ・イブリースも一緒である。
『陛下のご意思です。この地で静養し、早くお元気になられますように、と』
いつのまにか自分の目付け役になっているイシュタルも一緒であるから、並大抵のことでは不便などないのは事実。
しかし、
「何が『ずっと一緒に』だ。こんな離宮に押し込んで、軟禁したつもりか! こんな緩い監視など、俺を馬鹿にしてるのかっ!」
監視ではなくて守護なんですけど ―― とは、イシュタルの内心の苦笑で。
幾らヨーク家との和平という名目を作っても、クリスがイングランド最強の魔道剣士団の長であったことは事実である。災いとなりかねないこの存在を排除しようとする動きは皆無 ―― とは、流石にまだ言える状態ではなかったから。
しかし、
「大体、その辺のザコなどに、この俺を大人しく閉じ込めておれると思っているのか」
そんなことを言って、己を馬鹿にするのも ―― といいつつ、どこかその頬に朱が走っているのは隠せない。
特に、イングランド最強と呼ばれる女魔道師、イシュタルにかかっては…
「あらあらクリスったら。寂しいなら寂しいと素直になればよろしいのにv」
「さ、寂しくなんぞないわっ!」
思い切り怒鳴り散らすものの、白皙を真っ赤に染めて肩を震わせていれば、それはそれでバレバレのようなもの。
『王としての責務を果たせ』などと言っておきながら顔も出さないと拗ねてみせるなんて。
ついこの前までのことを考えれば ―― 想像もつかないことである。
(まぁ仕方がありませんわね。早く陛下に来ていただきませんと♪)
とはいえ ―― まだクリスの体調も完全ではないから。
陛下ことヘンリーがココへ来れば ―― 当然クリスと…ごにょごにょごにょ…
そのため、実は最強のしもべに守護させているのだが…
(尤も…試練があるほうが恋は燃え上がるものですものね♪)



怒鳴った拍子に一瞬だけ秀麗な表情が痛みに歪むのをイシュタルが見逃すはずもなく、
「あら、いけませんわね。病の床の姫君にこんな興奮するようなことを申し上げては。さ、とりあえず今日はお休みなさいませ」
と子供をあやすように言いかければ、当然気丈なクリスのこと。
「誰が姫だっ! …痛っ…」
更に怒らせてベッドに寝込ませることになるのは、ここ数日の日課であったりもする。
「すぐに薬湯をおもちしますわ」
とイシュタルが部屋を出て行くと、入れ違いに白い影がクリスのベッドに姿を現した。
「クゥ…ルルル…」
ぜーはーと肩で息をつくクリスを気遣うように枕元にうずくまるのは、半身ともいえる唯一のしもべで。
「イブリースか。どうした?」
「クゥ…」
心配そうに頬を寄せてくるイブリースは、先の内乱でクリスを庇ってかなりの霊力を消耗しきっていた。勿論、光属性最強のしもべであるためその存在だけでも脅威である。
そのためヘンリーによって「収縮」の効果で霊力を封印されているため、今は通常とは比べられないような肩乗りサイズとなっている。
尤も、身体はミニチュアでも攻撃力はほぼ変わらず、主を狙う不届きな輩は全て排除している ―― 今のところは。
「クゥ…グルル…」
「…そうか、心配をかけたな。もう大丈夫だ。ほら、こっちへ来い」
そう言ってベッドへ誘えば、一瞬イブリースはチラリと後ろを振り向いた。
それは ―― 人間だったら鼻で笑うと言った感じの仕草で。
しかし、横になっていたクリスは気が付かなかったようだ。
羽毛の軽い掛け布団を少し捲ればイブリースはまるで子猫のようにもぐりこみ、クリスの胸に擦り寄るようにして目を閉じた。



その頃、ロンドンの王宮では ――
「あ〜イブリースのヤロウ。今、絶対こっちを見てせせら笑ったな!」
イシュタルの精霊スピリアのもつ遠隔透視能力でクリスの様子を窺っていたヘンリーが、送られてくるビジョンの一つ一つに絶叫していたのはいうまでもない。
「あいつめ…オレがいないのをイイコトにクリスにあんなに近づきやがって!」
恐らくは ―― イブリースの超感覚ではヘンリーが覗いていることは判っているのだろう。
まるでこれ見よがしにクリスに寄り添う姿は、わざとやっているとしか思えない甘えぶりだ。
尤も、このロンドンの地でヘンリーが喚いたところで、どう変わると言うことでもなのだが、
「クリスはオレのだ! そんなに近づくなっ!」
『キュゥ…グルルル…』
まるで子猫のようにクリスに甘えるイブリースに、ヘンリーが痺れを切らしてオシリスを呼び出すのは最早時間の問題のようだった。





Fin.

時間的には「Pledge」と「Duel Proposal」の間ですね。
イブリース(青眼2号)…どっちかっていうとジブリール(青眼3号)の性格に近いです。

この場合、「じぇらしぃ」でキレかかってるのはヘンリー様ですね。
クリスは単なる拗ねモード(?)みたいです。(笑)

2004.07.27.

rainy fragments