14.大失敗 (ファラオ×セト)


先日はセリカから取り寄せた絹で作らせたゴージャスな服を山のように贈ってみたし。
その前はアレキサンドリアに入荷したばかりの銀とサファイアで作ったネックレス。
それから、バビロンから取り寄せた珍しい果物や名酒を贈ったこともあった。
勿論、ファラオであるユギ自ら祝宴を開いて招いたこともしばしば。
だが ――
「何が気に入らないんだ? セト」
流石に連日のプレゼント攻撃もネタが尽きてきて、ユギは深々と溜息をついた。



初めて逢ったのは、まだユギが王位を継ぐ前の「王子」と呼ばれる存在だったころ。
たかが「王子」といっても、このエジプトにおいて王族は神の代行とも言える絶対の存在。
誰もが一目置いてしかるべきところなのに、セトは媚びるどころか丁重に扱うことすらしなくて。
『…すべきことをせず、遊び呆けているやつを子供と言うのだ。口惜しければ己の責を果たして見せるのだな』
そんなに年が離れているわけでもないのに、思いっきり子供扱いされた上にその言い様。
流石にムッときたが ―― それ以上に惹かれたのは、その吸い込まれるような蒼い瞳で。
絶対に自分に向けさせたいと思った。
認めさせて ―― 自分だけを見るように、と。
だからその後は王子としての責も果たし、政務も覚えて良き王となるべく ―― 自分なりには ―― 努力したつもりだ。
そして ―― 先年の父王の崩御と共に王位を継承して。
ユギがファラオになってから、戦は連戦連勝だし国内の安定は急速に向っているはず。
少なくとも国民には絶大な人気を誇るファラオで在るのは間違いないはずだ。
だから ―― 更なる国内の安定のために、早く王妃を迎えますようにという重臣達をやっと納得させたというのに…



「ファラオ、セトにお送りしたお品が、またもや送り返されてきました」
そう言ってマハードが兵士に山のような荷物を運び入れさせると、ユギは思いっきり溜息をついた。
「またか? 全く…セトの無欲さにも困ったものだな」
「…無欲とか言うものではないと思いますが…」
「全く。このエジプトで、このオレの思い通りにならないのはセトだけだぜ」
「はぁ…何せ相手はあのセトですから」
本人が聞けばどういう意味だと烈火のごとく怒りかねないが、王宮においてはそれだけで誰もが納得するだろう。
その姿は「ナイルの奇跡」と呼ばれるほど美しくて。
知略に富み、神々しいまでに気高く、常に自信に満ちて毅然としていて。
それはそれは誰もが認める逸材であるのは確かなこと。
当然これだけそろっているのなら、若きファラオの「王妃」としても問題はないと思われるのも勿論なのだが ―― 最大の問題は、セトが間違いなく「男」であるということだ。
当然ユギが「セトを王妃にする」と宣言したときには、ファラオの言うことは絶対を信条とする重臣達も流石に反対したのは言うまでもない。
勿論、勝手に宣言されたセトも同様で、
「たわけたことを言うなっ! 誰が貴様などに嫁ぐかっ!」
と、思いっきり怒鳴った挙句、大神殿に篭ってしまったのだった。



「ったく、誰だ、セトを大神殿の神官なんかに任命したのはっ!」
「…それはファラオが王位に就かれた際に、セトを補佐役にしたいからとおっしゃって…」
「オレがセトを大神殿付きにしたのは、あそこが一番王宮に近い神殿だったからだぞ? 大体、セトだって『今後は神官として忠節を尽くしましょう』とか言って…神官職のほうばっかりじゃないか! 全然、政務の手伝いなんかしてくれないじゃないか!」
「そんなことはないじゃないですか。今朝の会議の資料もセトが手配したものですし、書類の決裁はほとんどセトがやっていると思うんですけど…」
何せセトは近隣諸国の言語に通じているだけでなく、まさに歩く百科事典、生きたアカシック・レコードともいえる記憶力と博識の持ち主だから。
おかげで大抵の書類の決裁は、セトがやっているというのも間違いではない。
とは言っても…
「そんなんじゃないっ! セトはオレの隣にいればいいんだ!」
というか、ユギにしてみれば自分の側に侍らせて見せびらかしたいというのが本音で。
だからこそ綺麗な服や宝石やらを贈っているのに、肝心のセトは見向きもしないどころか表に出ようともしないときている。
おかげでユギの「ファラオになったら、セトとラブラブ〜♪」という野望は、叶えられる気配すらないようだ。
「これじゃあ、何のためにファラオになったのか判らないじゃないかっ!」
「…って、どういうつもりだったんです?」
「そりゃあ…」
と言いかけて ―― 流石にこれ以上はヤバイと思ったらしい。
わざとらしくコホンとセキをすると、
「さて…どうしたものかな?」
そう言ってマハードから視線を外し、窓の外に見える大神殿へ眼を向けた。
「やっぱ、ちまちまとした作戦は性に合わないぜ」
(ちまちまって…随分派手なプレゼント攻撃だと思うのですが)
とは思っても、今更声に出して言っても聞いてもらえるとは思えないし。
それに ――
「やっぱり男だったら、行動で示すぜ!」
というなり、ユギは窓に足をかけるとひらりと飛び降りた。
「今夜は帰らない。後は任せたからな、マハード」
「え? ファラオっ !?」
慌ててマハードが止めようとするが、もはやユギの姿は闇の中に消えてしまった。
「…それでいつも失敗していると思うんですが…?」
そう呟くマハードだが、勿論その声がユギに届くことはなく ――
数分後、大神殿の一角で大音響と共に閃光が走り、3体の青眼白竜が姿を表すことは言うまでもないことのようだった。





Fin.

「大失敗」…それって浅葱のことですか?
そもそも神官のままにしておいたのが失敗では?
ついでに…そこで押し倒すのも…ゴホゴホっ。

一応、ファラセトですが、セト…いませんね。(オイオイ…)

2004.09.08.

Silverry moon light