16.ハレム (ヘンリー×クリス)


その日は珍しく王宮で舞踏会が開かれており、国王であるヘンリーもたいそうご満悦で出席していた。
但し ―― 最初の30分ほどだけである。



「遅いっ!」
今か今かと待っていても、ヘンリーが望む佳人は一向に姿を見せる気配はなく、とうとう玉座を立ち上がるとホールを後にする。
「お、お待ちください、陛下!」
慌てた老臣サイモンが呼び止めると、不機嫌そのものの表情でヘンリーは立ち止まった。
「何だ、サイモン? 俺は王妃を迎えに行くだけだぞ」
邪魔するヤツは即刻返り討ちと言いかねない雰囲気のヘンリーに、赤ん坊の頃から仕えているサイモンでさえもが恐れをなす。
しかし、これ以上黙っていれば ―― それはそれで色々と問題だろうから、仕方がなく正直に告げることにすると、
「それが…王妃様は今宵の舞踏会には出席なさらぬと…」
「何?」
そもそも今夜の舞踏会は、たまには貴族達との親睦も良かろうと、滅多に自分からは表に出ようとはしない王妃のクリスが言ってくれたから開催したもの。
当然クリスも出席すると思っていたからヘンリーも顔を出していたのだ。
何せクリスはヘンリーにとってご自慢の王妃様。
何を着せても綺麗だが、こんな派手やかな舞踏会でも開かなくては更に着飾ったところを見せてくれることなどありえないし。
目一杯着飾ってゴージャスにして見せびらかしてやろうと思っていたのに ―― 肝心のクリスが来ないなら話にならない。
「どういうことだ? 元はクリスが言い出した舞踏会だろう?」
「はぁ…それが…」
老人には心臓に悪いと胸を押さえながら、サイモンは言いにくそうに進言した。



『世継ぎも産めぬ王妃では国の安泰に関わる。せめて愛妾でも迎えよと進言すべきだろう?』
そう言って、舞踏会でも開いてヘンリーの気に入りそうな女を見繕ってやれと。
そんなことをクリス自身が言い出したと聞いて ―― ヘンリーは顔色を変えた。
つい先年までは敵方の総司令官だったクリスである。
当然ヘンリーがどんなに寵愛していると言っても、クリスに対する他の貴族連中から風当たりはかなり強い。
それに ―― その地位を得るために、クリスが先王の愛妾であったというのも公然の秘密であり、それでなくても男の身で、王妃としては世継ぎを生むこともできないのだ。
大切に守って、クリスに対する誹謗も中傷も極力聞こえないようにしてきたはずだが、人の口には戸は立てられない。おそらくどこからか聞いてしまい ―― 今頃はその蒼穹を濡らしているのかもしれない。
そんな風に思えば ―― クリスにそんなことを言わせた連中を八つ裂きにしてやりたい。
いやそれよりも、まずはクリスを抱きしめて。
そんなことは気にするなと。
俺が欲しいのはクリスだけだ ―― と伝えたくて。
ヘンリーは飛ぶように慌てて、クリスの住む離宮へと向った。



クリスの住む離宮は王都の外れにあり、周りを森や湖で囲まれた静かな場所にある。
その静寂を引き裂いてオシリスが舞い降りると、その背から飛び降りたヘンリーはすぐさま離宮へと飛び込んだ。
「クリス! どこにいるっ !?」
静まり返った離宮の中は人の気配がなく、ヘンリーはゾクリといやな予感に身を震わせる。
高邁不敵な苛烈な性格であるのも事実だが、本当のクリスは傷つきやすい心も持っていて。
そのくせ ―― 人前では泣くこともできないのだから。
だから今頃はどこかで ―― 人知れずあのセレストブルーを濡らしているのではと思えば…
(今行くからな。一人で泣くなよ、クリス!)
何度でも抱きしめて、好きだと伝えたい。
そう思ってクリスを探して ―― 漸く、離宮の裏にある湖畔に気配を感じて、ヘンリーは駆け出した。
波打ち際にそっと佇む細い影が、静かに水中に入っていく。
月明かりに照らされたのは柔らかそうな栗色の髪と ―― 見間違えることなんて絶対にありえない蒼穹の瞳。
「クリスっ!」
「え? あ…ヘンリー? 貴様…何故ここに?」
突然名前を呼ばれたクリスはその場に立ち止まり、驚いてヘンリーを見た。
今頃は王宮の舞踏会で楽しく過ごしているはず。
なぜこの男がここにいるのか ―― と。
「クリスっ! 早まるなっ!」
「何? 何のこと…わっ!」
飛びつかれるように抱きしめられて、バランスを崩して水の中に倒れこむ。但し、咄嗟に体勢を入れ替えたヘンリーが下になってかばったため、クリスは膝の辺りを濡らしただけで済んだ。
だが、
「キシャーッ!」(貴様、何をするっ!)
「え? あ、青眼?」
水の中から顔を出せば、そこにいるのはクリスの半身とも言うべくブルーアイズ・イブリース。
そして、
「グゥ…ルルル…」(何、こいつ?)
「…グルル…ル…」(…クリスについてる悪い虫だ)
「グ…グルルル…」(えー、じゃあヤっちゃってもいい?)
「グルル…グゥ…」(そうだな。俺は構わないが…)
「おいおい、ちょっと待てっ!」
ヘンリーは、三幻神でさえ下僕にする破壊神付きのデュエリスト。精霊獣の言葉も理解できるので、慌てて水から立ち上がった。
そして、
「…おい、クリス。こいつら、何だ?」
「見て判らんのか? この辺りに住んでいるドラゴンだ」
確かにそこにいるのはドラゴン族の精霊獣。
ブルーアイズ・イブリースを筆頭に、エメラルド・ドラゴンにダイヤモンド・ドラゴン。サファイア・ドラゴン、スピリット・ドラゴン、クレセント・ドラゴン、ホーリーナイト・ドラゴン。それから…
「いや、それは判るが…っていうか、何でこいつらがここにいる?」
「元々この湖は、彼らの聖地だ。追い払うわけにも行くまい?」
そういいながら、そんなクリスがどこか嬉しそうなのは気のせいではないと思う。
何せクリスは精霊に ―― それもドラゴン族には溺愛されているこの世で唯一の人間。
しかもクリス自身もドラゴンには目がなくて ―― その関係ははっきりって相思相愛。下手すれば、ヘンリーでさえ入る隙間もないほど。
(冗談じゃない。こんなところにクリスを置いていたら、俺が何にもできないじゃないかっ!)
それでなくてもクリスのガードは固くて、宥めすかしてその気になせるには、いつも苦労しているというのも事実。
「こんな野性のドラゴンがウヨウヨしているところにお前をおいていけないぜ。王宮に戻るぞ」
「それこそ冗談ではないわっ! 俺はここから離れんぞ。貴様こそ、後宮でもハレムでも作って好きにすればよかろう!」
「あ、お前、もしかしてそれが目的で舞踏会なんか開かせたな!」
「悪いか! そもそも跡継ぎを作ることも王としての責務だろうが!」
「俺はお前がいいって言ってるだろ!」
「な…///、は、恥ずかしいことを言うなーっ!」



「あらあら、陛下ったら。王妃サマの後宮に勝手に入り込んではいけませんでしょうに」
急に賑やかになった湖畔を何事かと見下ろして、イシュタルがクスクスと笑っていたのは言うまでもない。





Fin.

「ハレム」と言われたら…やっぱりドラゴンを侍らす神官様かクリスか社長。
今回はクリス様にしてみました。

浅葱のデッキもドラゴンデッキ。
攻撃力よりもドラゴン族でチョイスしてます。

2004.10.09.

rainy fragments