17.前触れ (ファラオ×セト)


―― ドタドタドタ…ガタンっ、バタンっ!
遠くのほうから聞こえてくる足音にいやな予感を覚えつつ、それでも目の前に積まれた仕事を片付けるほうが得策と筆を進めていたら、
「セト、聞いてください!」
「うるさいわっ!」
ドアが壊れるのではないかと思うほどの勢いで飛び込んできたのは、一応、俺とは同僚という立場にあるマハードだった。
仮にも王宮警備の総指揮官という立場でもあるヤツなのだが ―― こんなヤツに警備が勤まるほど我がエジプトは平和に満ちているということなのだろう。
「…いっそのこと、戦でもおこしてやろうか」
と呟けば、
「え? 何か言いましたか?」
「いや、なんでもない。それより貴様のほうこそ何用だ?」
俺の皮肉などこの天然能天気魔道士に通じるはずもない。
この忙しいときに押しかけてきたヤツのことなど構いたくもないのだが、聞かなければ聞かなかったで後が煩い。仕方がないので渋々相手になってやれば、
「そうそう、凄いんですっ! ファラオが…あのファラオが、今日は朝から真面目に政務をこなしているんですよっ!」
長年お仕えしてきた甲斐がありましたと、マハードの感涙に咽びかねない喜びように、
「…食あたりでもしたのか?」
「え? そんなことはないですよ。とっても元気そうです」
「では、天変地異の前触れだな」
「ええ、そろそろナイルの氾濫もありますし…って、酷いですよっ!」
いや、十分貴様も酷いことを言っているだろうとは思うのだが…まぁそれはおいといて。
そういえば、普段ならファラオが片付けるべく書類の決裁などまで俺のところに回されるのが常であるが、今日に限ってはそちらは一切こないのが妙だとは思っていた。おそらくそれは本来のルート ―― つまり、ファラオの手で片付けられているということなのだろうが…
「当然とはいえ…妙だな。あのファラオが大人しく仕事をするなど、砂漠に雨が降ってもありえんわ。何か、よからぬコトを企んでおるに相違ないぞ」
「そんなことないですよっ! ファラオだって新年に向けてきちんと仕事を片付けておこうと、自ら思われたに違いありませんっ!」
…だから、何故こいつはそうまであの馬鹿王を信用するのだ? そうやって今まで何回泣かされてことがあるか数えてみろと言いたくなる。
だが、そんな俺の思いっきり不信な視線に、流石にマハードも不安になったのか、
「…あ、でもそういえば、昨夜、アイシス様がファラオとお話なさったとは聞いておりますが…」
「何? アイシスだと?」
と、ある意味厄介この上ないもう一人の同僚の名前が出てくれば、更に俺の不信は決定的になるというもの。とはいえ、 普段サボりまくっている政務をこなしているというのをやめさせるわけにもいかないし、まぁ俺のところに回ってくる仕事が少しでも減るのなら、それはそれで良しとすべきだろう。
大体このエジプトのファラオともなれば、現人神とも称えられる高貴な存在であるが、あの馬鹿王ときたら、手八丁口八丁な上に自分の欲望のためならあらゆる策略を張り巡らせるという極悪人。おかげで手を出される俺は…///
「あれ、どうしました? セト。顔が赤いですよ?」
「う、煩いっ! 余計な世話だっ!」
ええいっ! こんな時だけ目ざといヤツめっ!
なんでもないというように、そんなことよりもこの仕事を片付けようと筆を走らせれば、
「セトは仕事のしすぎですよ。っていうか、なんかいつものまして仕事の量が増えてませんか?」
漸く気がついたのか、このボケめ。
「ああ、アイシスに押し付けられたわ。この程度のことを俺に煩わせるなど…しかも、新年になる前にとかほざきおって。別に年が明けてからでも間に合いそうなものを…」
殆どは、これから新年に向けての祝祭のスケジュールやその運営に関わること。特にナイルの氾濫期に行われるハピ神への供物など、4ヶ月もある増水期を考えれば…何も慌てて2、3日中になどといわなくても良いはずだ。
だが、
「でも、流石セトですね。こ〜んなにたくさんの仕事も、一人で余裕で片付けてしまわれるんですから!」
「フン、当たり前だ。この程度のことなど、たいしたこともない」
「あ、すみません、お仕事の邪魔でしたね。もしも私にお手伝いのできることがありましたら…」
「ないわっ!」
「うっ…失礼しました…」
すごすごと退散するマハードの背中を一顧だにもせず
「とにかくヤツのことだ。なにか企んでいるとしか思えんな」
となれば早急にこの仕事を片付けるのが先決と、今まで以上のハイスピードでとりかかった。



「ううっ…セトってば、相変わらず怒りんぼなんだから…」
いつものこととはいえちょっとショックなマハードは、すごすごと王宮へと向かっていたが、
「おう、マハード!」
「はい? って…え?」
ふわりと城壁から舞い降りた小さな影の正体に、びっくりして立ち止まる。
「ファラオ? どうなさったんです、こんなところで?」
「ん? 決まってるだろ、夜這いだぜ☆」
相手はセト ―― とは聞かなくても既に公認(セトだけが否定するが)である。
というか、少しは自重して欲しいとは思うのだが ―― それは何せこのファラオのことだから。
とはいえ、一応、
「え? だってお仕事は…」
「ああ、アイシスと約束してな。今日一日、政務をちゃんとこなせば、新年から向こう一週間はフリーでOKだぜ!」
「…」
「セトもそのために今日は仕事が山積みだったろ? まぁアイツのことだからもう片付いてるとは思うけどな」
そういうわけだから、あとはお前らでよろしくやってくれvと手を振られて、つい振り返してしまったマハードだったが…
―― ゴォォォォーッ!
―― キシャァーッ!
やがて王宮と神殿の上空に姿を現した三幻神&青眼×3の戦闘態勢を目の当たりにして、
「…やっぱり、セトが言った通りでしたね。天変地異の前触れだったかも…?」
そう呟きつつ、増水期後の復興計画を修正したのは言うまでもなかったらしい。





Fin.

もしかして、初めてかもしれない、セトの1人称。
うちのマハードには表遊戯ちゃんが若干入っている上に、天然ボケという設定です。(ファンの方、すみません!)

マジメに仕事をすれば天変地異の前触れ。
その天変地異を起こすのは…当然、天上の神より美人な神官様で♪

ちなみに、古代エジプトの新年は、ナイルの増水が始まる7月ごろだそうです。

2004.10.23.

Silverry moon light